第二部05

 私達は馬車に乗っていた。柊木が手配したものだった。リリィキスカとアネモネは珍しい日本の風景をずっと追いかけていた。竜一はというと、ずっと私の指示に従って文章を書き続けていた。

 文章。

 簡単に言ってしまえば、日記のようなものだろうか。

 私がどのように活動してきて、行動してきて、結末をどのように迎えるのか。

 それを書き示したものである。何か書物として発行する訳では無い。ただの備忘録だ。

 ただ、何かシノプシスとして残しておくことは重要なことだと思っているからこそ、私はそれを実行しているだけに過ぎない。


「竜一、何処まで進んだ。日記の内容は?」


 聞くと、あーあー言ってくるばかりだがきちんと日記本体を見せてくるあたり、ちゃんと教育が上手くいっていることを意味している。良かった良かった。


「悲しい話だ。結局、意思疎通が出来ていないのに、友人としての関係性を保つことが出来ず、ただの召使い的役割を担っているだけに過ぎないではないか」


 気づけばアネモネが私の方を向いて鼻を鳴らしていた。

 彼女も彼女で、機械人形に関わる存在として何か言いたいことがあるのだろうか。


「何が言いたい。私は彼を友人だと思って接しているつもりだ。もしそうと感じ取られなくても、ね」

「はん。何処が友人、ですか。どう見ても今のやりとりは友人同士がやるやりとりには見えませんでしたけれど?」

「そ、それは……、未だ研究が進んでいなくて……」

「『心』ですね?」


 気づけばリリィキスカも私達の方を向いていた。

 リリィキスカは話を続ける。


「私達人間にはあって、機械人形にはないものは数多く存在します。その中で決定的な事項が『心』です。私達にはあって、機械人形にはない。その代わり、機械人形は定期的なメンテナンスを繰り返せば、永遠にその命を生き長らえさせることが出来ます」

「私はそのつもりで言った訳では……!」

「分かっています。貴方がどのようなことをしているのかは、インドから日本このくににやってくる時に大体聞いています。ですから、だからこそ、分かり合いたいと願っているのです」

「……何だと?」


 ぴくり、とアネモネの眉が動いたのを私は見逃さなかった。


「つまり、『心』の在り方が問題だと思うのです。『マーティン・ノート』にはそれが記されているのではないか、と私は思っているのですよ」

「それは私も同感」


 アネモネに話が切り替わる。


「狂人と言われた『マーティン・アポカリプト』が何を残したのかは分からない。彼が開発した機械人形『ゼロ』だってそう。何処に居るかも分からない、雲を掴むようなことをするぐらいなら今私達がやろうとしていることを実行するべきなのよ。それが最優先事項、とでも言うべきかしら」

「……ところで、アネモネ。私達は何処へ向かっているのだ?」

「帝国大学」


 それは、我が国最高の学術機関の名前だった。


「そこの教授を務めている如月英次という男に、マーティンが手紙を出してる。ただし、イギリスから直接ではなく、柊木栄吉を経由して、ね。ただ、彼が死んでしまったこと自体は流石に知らなかったようだけれど」

「そこには、何が書かれているんだ?」

「研究についての報告書、としか書かれていないわね。詳細な内容は……直接如月教授に聞いた方が早いでしょう」

「アネモネ!」


 見ると、馬車が凄い速度でやってきている。

 馬車に乗っているのは、ガウェインだった。


「止めて!」


 アネモネの言葉通り、馬車を止める男。

 ガウェインの乗る馬車が追いつくと、ガウェインも止めるように指示し、彼らは再会することになったのだった。

 とはいえ、ほんの僅かな時間だったような気がするけれど。

 そんな僅かな時間で、ルイス教授のデータなど見つかるものなのだろうか。


「ルイスは大英帝国には帰っていない」

「何ですって?」


 ガウェインも乗り込んだため、多少手狭になってしまった馬車の中。

 ガウェインの発言によってアネモネは目を丸くして答えるのだった。


「調べて正解だったよ。ルイスは事件が起きてから半年後、つまりは一年半前になるかな。そのタイミングで確かに大英帝国に戻る予定があった。だが、それを自ら取り消している。どういう理由かははっきりとしていないがね」

「どういうこと?」

「理由は『体調不良のため』となっている。大英帝国に帰らず、日本で療養を進めるために、帰らないという選択肢をとったのだと手紙には書かれてあった」

「じゃあ、彼はいったい何処に?」

「それが、何処だと思う?」


 ガウェインは随分ともったいぶらせる人間だ、と私は思った。

 口には出さないだけで、あくまで心でそう思っているだけに過ぎない訳だが。


「この馬車は何処に向かっている?」

「帝国大学だけれど、それが?」

「じゃあ、正解だ。ルイス教授は帝国大学付属病院に入院している。柊木栄吉の紹介状と共に入院する旨が記載されていたよ、入国管理簿にね」

 


   ◇◇ ◇◇ ◇◇



 帝国大学に戻るのは、実に一週間ぶりのことになる。それでも何処か懐かしい雰囲気を漂わせているのは、ここが第二の故郷だと実感しているためだろうか。

 馬鹿馬鹿しい。こんな場所が第二の故郷であってたまるか。私はそんなことを思いながら、物色し出すのだ。


「帝国大学に所属しているなら、貴方が詳しいはずでしょう。中の構造だとか」

「巫山戯ないでもらいたい。私は帝国大学は帝国大学でも生物学科に所属していた。それ以外のことは門外漢と言っても過言では無い」

「門外漢?」

「つまりは何も知らない、ということだ」

 

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