第二部04
「C-27の容態はどうだ!?」
「しょ、所長!? ど、どうしてC-27のことを」
あたふたと慌てている青年がC.R.ルイスである。若き科学者、と言えば話が早いか。いずれにせよ、彼が生み出した機械人形は、かなり高い性能を持っている。そういう性能を持っている機械人形を生み出すことが、この国の、一番の問題であった。
「ルイス教授! 何があったか話して貰おうか」
「ええと、今起きていることについてですが……『彼女』が動こうとしないのです」
「彼女?」
「彼女というのは、C-27のことです。オペレーティングシステムに女性格のシステムを搭載しているため、『彼女』と呼んでいるだけに過ぎません。ですが、それは今は問題ありません。問題は、問題は……」
「何だね、はっきりと申したまえ」
「彼女自身が、動きたがらないということです。彼女は、人間の命令に背くようになっているのです」
「……何だって?」
「だから、彼女自身が動きたがらないんです」
機械人形は、死んでしまった人間の身体を使っている。
そこに
機械人形は、人間に与えられた第二の人生であり、魂が無い機械人形は、人間にとって単なる労働力の追加にしかなり得ないのである。
そうであるはず、なのだが。
「何故、起動しない?」
「ですからっ、彼女自身が動きたがらないんですってば」
「動きたがらないとはどういうことだ? 彼女には魂が存在しないのだろう? ならば、命令で無理矢理動かしてしまえば、」
「だからそれが出来ないんですよ!」
ルイス教授は激昂する。
思わずそれに常吉と栄吉は後ずさってしまう。
「良いですか?」
ルイス教授は、話を始める。
「彼女の霊気は、確かに完璧でした。私が組んだ、完璧な素子(プログラム)なのですから! しかしながら、それがどうしてこうしてこのような結果を生み出してしまった。つまり、彼女自身の魂が、霊気を拒んでしまっているということにほかならないのです! 霊気と魂の関係性はマーティン博士が言っているのですから、それは貴方達権力者であっても理解できているはずです! マーティン博士は幾度となく言っていました、霊気と魂の関係性は、切っても切れない関係性にあるということを! それを私達は理解して、いつかは必ずそれを解き放たねばならないのです。それが私達機械人形を研究する人間であり、機械人形を研究する徒としての役目なのですから!」
早口で、一息で、そこまでを告げた彼はぜーぜーはーはー言った後、
「とにかく!」
ルイス教授は、もう一歩前に出る。
「彼女には、魂が存在しているのです! そして、それは『暴走』と言っても過言では無いでしょう!」
「……魂が、存在している、だと?」
栄吉の言葉に、ルイス教授は何度も何度も頷いた。
「ですから、それは言っているとおりのことであって」
「しかしですね、魂は生み出せないというのはマーティン博士の研究からも分かっていることでしょう」
「いいえ、マーティン博士は、『魂を生み出すには条件がある』と言っただけに過ぎません。よって、魂を生み出す条件下であれば、魂を生み出すことは容易に可能であると言いたいのです」
「……つまり、今がそうである、と?」
常吉の言葉に、ルイス教授は頷く。
「そうです、そうです、そうなのです! 今、たった今、魂を持った機械人形が我々の手でも再現することが出来たのです! これは画期的であり素晴らしいことであり、機械人形の技術を進歩させる上では大変名誉なことで――」
「――停止させろ」
「――今、なんと?」
「停止させろ、と言っている。その機械人形にエネルギーを送るのを停止させろ。そうすれば、二度とその機械人形は魂を持っていたとしても動けなくなる。第一、動けない機械人形など必要ない。分かったな?」
「いや! 何をおっしゃっているのか、分かりかねますが……」
「だから、言っているだろう。ルイス教授。君もこの地位に立っていたいならば、私の命令に従いなさい。分かったね?」
「いや、ですが、しかし……」
「これは、機械人形にとって画期的なことであることは分かります」
それにさらに言葉を放ったのは、栄吉だった。
「ですが、これは命令です。幾らこのことが機械人形にとって画期的なことであったとしても軍が許してくれません。何せ、機械人形が自由意志を持つということは、軍にとっても許されないことなのですから」
「ですが、ですが……」
「分かってくれるな?」
肩を握り、目を見る常吉。
ルイス教授は何かを言いたげにしていたが――しかしながら、それを飲み込んで、ゆっくりと彼は頷くのだった。
◇◇ ◇◇ ◇◇
「それが、C-27事件の顛末だよ。C-27は欠番とし、エネルギーの供給を止めた後、筐体は破棄された。それをずっと忘れられなかったのだろう。マーティンに出逢った時も、恐らくはそれについて語ったに違いない。マーティン・ノートが無かったことについては非常に残念なことであるが」
「つまり、魂を再現したにもかかわらずそれを破棄した、というのですか……。まったくもって信じられない。それが、この国のやることですか」
「私だって仕方無いとしか言えなかった。この国は、良くも悪くも縦割りでね。私も軍の命令には逆らうことは出来なかったのだよ。分かるだろう、
「我々は、国王直属の部隊だからな。我々が逆らうとしたら君主に逆らうということになるだろうよ」
言ったのはガウェインだった。
ガウェインはそう吐き捨てるように言った後、さらに話を続ける。
「ならば、ルイス教授には会えないのか?」
「ルイス教授はもうこの研究所には居ないよ。しばらくして、ここを辞めて大英帝国に帰ったはずだ。……そこから先のことは、君たちの方が詳しいはずだが」
「ガウェイン、直ぐに調べるように伝えて」
「……分かりました。直ぐに伝えます。ですが、時間はかかりますよ?」
「構いません。幾ら時間がかかっても構いませんから、ルイス教授の居場所を突き止めるのです」
アネモネの言葉には、強い意思があった。
そしてそれにはガウェインは逆らえずにいるのだった。
ガウェインは直ぐに所長室を飛び出していった。
「……では、マーティン・ノートについて、再び調べ直すことにしましょう」
「どうやって? マーティン・ノートの在処を示す証拠は何処にも見当たらなかったんですよ」
「私が何も見つけなかった、と思っているのかしら?」
アネモネはある一枚の手紙を持っていた。
その手紙の差出人は――マーティン・アポカリプトと書かれていた。
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