第一部02
私達はインドへ出向くことになった。正確に言えば、植民地と化しているインドは大英帝国のものでありパスポートなんてものは必要なかった。まあ、明治政府から貰ったパスポートなんてあまり気にならないものだらけで、実際には大英帝国から付与されたパスポート(国際旅券、とも言うらしい)が使い道があるらしい。何でも世界のスタンダードは今後こちら側に傾いていくことになるのだとか。そんなことはどうだって良かったし、別に気にすることでも無かった。世界が変わってしまうのなら、ただそれに合わせれば良いだけ。私達はそうやって生きてきたのだから。
「……で、どうして君も一緒についてきているのかな、ライト・ハルトマン氏」
「護衛、或いは監視の役割を担っていると言えばいいでしょうか。貴方達がどういう行動を取るか分かったものではありませんからね」
「つまり、信用されていない、と」
「そういうことになります」
「はっきりと言ってくれるなあ……。もっとオブラートに包むとかそういう言葉は無いんですか」
「無いですよ。大英帝国人は、はっきりと物事を言うことで有名ですから」
「そうはっきりと言われましてもね……」
「見えてきたぞ、インドだっ」
船員の一人が声を上げて船の人間に伝える。
インドまで僅か数日の日程だったとはいえ、蒸気機関の実力は素晴らしい。我が帝国にも蒸気機関は発達しているとはいえ、ここまでの速度を出せる船は見たことが無い。
「どうした、丸子誠二くん。余程我が国の蒸気機関が珍しいものと思える。しかして、その蒸気機関は貴方達が住まう国にも存在しているはずだったが」
「……所詮、我が国に存在しているものはまがい物ですよ。ホンモノとは違う」
我が国、大日本帝国にも蒸気機関は存在している。勿論、自分の国では作れないから、他国から輸入したものになっている訳だが。
いずれにせよ、私が知っている蒸気機関と本場の蒸気機関ではエネルギーの還元率がまったく違う。所詮偽物は偽物だ。ホンモノとは違う。
船が港に到着すると、大男が私達を待ち構えていた。私の身長の倍ぐらいの高さを誇っているその男は、顎髭を蓄えている男だった。
「俺は東インド貿易会社のガウェイン・ミルボルト・アーサーだ。長ったらしいからガウェインと呼んで貰って構わない。とはいっても、それは表の顔。裏の顔は、機械人形化してしまった世界を管理する『
「正式名称は、その名前の略称から『エウレカ』って呼ぶ方が近いかもしれないね」
青い髪の少女だった。
「『mechanism of unforgettable realist by empire for knowledge the android』……ま、殆ど当て字のようなものだけれどね」
「ええと、アンドロイドの知識のための帝国による忘れられない現実主義者のメカニズム……ってところか。」
「あら、英語得意なのね。私だってちんぷんかんぷんなその英語をうまく訳してしまうんですもの」
「ところで、君は」
「私はアネモネ。『エウレカ』に所属する特派員よ。ちなみに、外で『アンドロイド・メカニズム』なんて言ったら何されるか分からないので、エウレカって名乗ってるのよ。普段は」
「アネモネ……といえば、花が有名じゃなかったかな。ええと、確か」
「日本ではボタンイチゲと呼ぶって聞いたことがあるわ。風を意味する花なんですって。花言葉は期待や希望。まあ、つけてもらって申し訳ないけれど、私には重すぎるネーミングといったところかしら」
「そうかい。随分ちゃんとした名前のような気がするけれど。親御さんには感謝した方が良いと思うよ」
「……それはどうも」
アネモネは踵を返すと、ガウェインの方を向いた。
「それよりも。私達の場所に案内してあげましょう、ガウェイン。ね、ね」
「わ、分かっているよ。分かっているとも、アネモネ」
「……ガウェイン氏とアネモネ氏の関係性は」
私はライトに近づいて、ひそひそ声で訊ねた。
「ただのエージェントですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「そうなのかい。あまりにも仲が良さそうだから、親子か何かかと思ったよ」
「……かつてはほんとうに養子縁組を出すところまでいったらしいですがね。実際はどうなったかは知りませんが、今は普通に別姓を名乗っているところを見ると、養子縁組のところでゴタゴタがあったのではありませんか。何せ、彼女の両親は――」
「そこで何を話してるんですかっ、ほら、早く早くっ」
「――『魂を格納した機械人形を発明』したとされる始祖の人間ですから」
◇◇ ◇◇ ◇◇
東インド貿易会社内、『エウレカ』インド支部は
「……何というか、鬱屈とした部屋だな」
「嫌なら出て行っても構わないのよ。けれど、会議には今後一切参加して貰わないから」
「……分かっている。ここで会議をすれば良いだけの話だろう」
「分かっているなら、結構」
アネモネはどうやらここの指揮官を務めているようだった。道理で年上に見えるガウェインにあのような態度を取ることが出来るのだ。いや、そもそもそれは元からああいう態度を取っていたのかもしれないが。
いずれにせよ、ガウェイン氏とアネモネ、二人の協力が得られるのは非常に大きい、と私は実感していた。たとえ国がどのような立ち位置で居ようとも、私は私の道を行く。とどのつまり、国を裏切ることになろうとも――私はやらなくてはならないことがあるのだ。私は、彼の魂を取り戻さなくてはならないのだ。その為にも、魂を格納出来たという機械人形を目の当たりにして、その技術を持ち帰らなくては――。
「――ちょっと、丸子誠二さん?」
アネモネの言葉を聞いて、私は思わず立ち上がってしまった。
「は、はい」
「……さっきから話をしているんだけど、さっぱり聞いてくれちゃいないようで。よっぽど貴方の世界が好きならば外でたんまりと話してきても良いんですよ」
「い、いや、済まない。話を聞かせてくれ、頼む」
ふん、と鼻息を鳴らしながら、アネモネは所定の位置に戻った。
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