第一部
第一部01
ウェストミンスター宮殿の見えるカフェで待ち合わせだった。
ライト・ハルトマンという男性を待つために、私と竜一はカフェで一休みをしていた。
とはいえ、竜一は機械人形。コーヒーを飲むことは出来ない。だから竜一にはこの旅の手記をお願いしている。この旅で起きたこと全てを記録してもらうのだ。それが何のためになるかは分からない。でも、記録して取っておくことは大事だと思った。私は常日頃からそう思いながら記録を取っている。
「それにしても、遅いな」
ハルトマンという男がやってくる時間は、もう三十分も前の話だった。
竜一は今も記録をし続けている。私の一所作一所作を、私の一言一言を、余さず記している。鞄の中には予備のノートと、もう文字で一杯のノートが分けられて収納されている。何冊になっているのかは分からない。けれど、いつかはそのノートが役に立つ時が来るだろうと思っている。思っているだけなのだが。
「君が、丸子誠二くんかな」
声を聞いて、私は振り返る。そこに立っていたのは、私よりも幼い青年、いや、少年だった。
大英帝国の人間はこんな若い少年ですら、研究員としているのか。
そんなことを思っていたのだが、少年の方が柔和な笑みを浮かべた。
「どうやら、私に何らかの危機感を抱いているようですが、ご安心ください。貴方の求めている人財であることは間違いありません。私の名前はライト・ハルトマン。大英帝国機械人形研究所の所員であり、貴方達をサポートするように命じられた人間です」
◇◇ ◇◇ ◇◇
ウェストミンスター宮殿の地下には長い階段が設置されていた。
その階段を降りていく、ライト・ハルトマンを筆頭に、私と竜一もまた降りていく。
永遠にも続くかと思われたその階段には、突如として終焉が訪れた。
鉄扉を開けると、中からゴウンゴウンと機械を動かすような音が聞こえてきた。
「これは……」
「ようこそ、我が国が誇る国立機械人形研究所へ」
そこに広がっていたのはライン上に組み立てられていった機械人形だった。機械人形はそのまま後を追うと、箱詰めされて何処かへと運ばれていくように見える。
「さて、私達は今回それを見せたくて貴方達をここに招いた訳ではありません。忘れては居ませんか? 大英帝国最大の失態である魂を持つ機械人形『ゼロ』についてです」
所長室。
ライト・ハルトマンに連れられて、私達はそこまでやってきた。
「君達が、日本からやってきた『留学生』といったところか」
右足が自由に扱えないのか、杖を使って立っている。
大方、ライトに無茶をするなと言われているのだろうが、ライト自身がお節介でやっているだけに過ぎないのか。
答えは見えてこないが、今はそれを気にする問題では無い。
「留学生、と言いましたが……貴方は私達をどうするおつもりなのですか」
「別にどうもこうも無い。『ゼロ』を捕獲してくれればそれで構わないのだ。しかしこのご時世、なかなかそういう理由で許可を取れる訳も無い。だから『留学生』として招いたのだよ、君達を」
「……それはそれは、ありがとうございます。でも、一応言っておきますが、一人は機械人形ですよ? それも、私が言うのもあれだが、この機械人形は完成形に至っていない。魂を注入しようとすると失敗するからです」
「二十一グラムの冒涜、」
「はい?」
「我々機械人形研究所に、機械人形反対派かた届けられた論文のタイトルだよ。魂には僅か二十一グラムの重量しか存在していない。しかし、我々はその二十一グラムを冒涜しているのだ、と。ほとほと呆れてしまう問題だね。君はどう思う。この問題について」
「魂が二十一グラムしか無いということ自体が間違っている、と私は推測しています」
「ほう。続けたまえ」
「魂の構成要素を考えれば、二十一グラムではあまりにも足りなさすぎる。私は、その二十一グラムは魂ではなく、人間を管理する『何者か』が消失したからだと推測しています」
「すると、あれか」
男性は、杖を私に向けて言った。
「人間も他の存在に操られている可能性があると言いたいのかね」
「そういうことになりますね」
「ふむ……。やはり、こういう話題になってくると面白いものだな。いつまで経っても若い知識を吸収できるということは有難いことだよ」
「……その話、もしや貴方も」
「完全にはしていないが、一部を機械の素体に変更している。十年前に事故で左半身を失ってね。おかげで今は杖をついて歩いている次第だ。まあ、それで済むなら問題無いとでも言えば良いのだろうがね」
「完璧に機械人形にしてしまえば、問題は無かったのでは? 脳をそのまま移植するだけで済みます」
「嫌だね。一年に一度のメンテナンスが必要になるし、第一自分の身体じゃないというところが気持ち悪い。今でさえあまり機械人形に全てを委ねた人間など少ないというのに。魂そのものを委ねることの出来る技術が解明されていないというのに」
「ですが、それを成し遂げた機械人形が居る」
「そう。『ゼロ』のことだ。どうしても我々は彼奴を捕まえて研究対象に置かねばならない。どうして、どうやって、機械の身体に魂の定着を成功させたのか」
「……無理矢理にやっても解明出来るとは思えませんが」
「ならば、君ならどうやってその技術を解明する。無理矢理に引っぺがすことが不可能だというのなら、猶更、君の意見を聞きたいものだね」
「私の意見が重要なものになるとは到底思えませんが、」
そうかぶりを被った状態で、私は話を続けた。
「強いて言うならばやはり研究者を見つけるのが最短ルートではないかと考えられます。問題は、その科学者がどこに潜んでいるのか、といったところだと思いますが」
「そう、それだ」
老齢の男は椅子に腰掛けると、ふうふうと息を荒げながら、話を続ける。
「ゼロを拿捕したところで、ゼロの研究者が見つからない限り、何も生まれない。ゼロの模倣品ばかりが生み出されてしまい、また魂を格納出来ない機械人形が生産されることになってしまう。国はそれでも良いのかもしれないが、我々はそれで良しとはしない。絶対にゼロを開発した科学者を捕まえて、その方法を手に入れる。それが我々の使命だ。分かったかね、丸子誠二くん。そして、隣に立っている機械人形も」
「竜一です。彼にも名前があります」
「機械人形にはそのような命名規則は無かったはずだが?」
「私が勝手に作ったのです。命名規則など無視して当然でしょう」
「それもそうだ」
そうして、大英帝国機械人形研究所所長との会話は終了した。
この日はゆっくりとウェストミンスター宮殿に備え付けてあるホテルで休息を取るように命じられた。別に大英帝国の観光など幾らでも出来る、そう思った私達はそれに了承するのだった。
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