プロローグ02
私の居る大学から国立機械人形研究所まで徒歩で十五分ほど。馬車を出しても良かったのだが、と言われたが丁重にお断りすることにした。このご時世、馬車に乗ること自体珍しいというのに、目立つと言うことを知らないのだろうか。まあ、恰幅の良い軍服の男性――名前は椎名と言っていた――と共に歩いている時点で目立つことこの上ないことは事実なのだけれど。私としては徒歩で移動するほうが良い運動になると思っていたというのもあるのかもしれない。
国立機械人形研究所。
機械人形の研究においては国内最高峰と揶揄されている施設のことだ。
そもそも、機械人形という技術が入ってきたのは文明開化と同時期、大英帝国から輸入されたものだと言われている。言われている、という曖昧な言い方をしているのは、それが本当にそうなのか分からないからだ。国全体によって隠蔽されているのか、或いは説明する意味も無いと思っているのか。いずれにせよ、私が知るところでは無いということだけは事実だと言えよう。
私はワクワクしていた。当然だ。機械人形の研究をしている者として、国立機械人形研究所に入ることが出来るというのは名誉と言えるだろう。きっと私と同じく志を抱いている者からすれば、羨ましがられるかもしれない。それぐらいの名誉であり、それぐらいの栄誉なのだ。国立機械人形研究所に入ることが出来ると言うことは。
石畳の床を歩きながら、私達は国立機械人形研究所へと入っていく。この時代では珍しい
「どうした、青年。震えているのか」
「震えている。私が、ですか」
しかし、私の足を見ると小刻みに震えているのが見えてくる。
怖いのか。恐れているのか。恐ろしいのか。
それがなんであれ、私は前に進まなくてはならないのだ。
ただ一歩、前へ。
◇◇ ◇◇ ◇◇
国立機械人形研究所、所長室。
言ってしまえば、この施設で一番偉い人間の部屋に私達は到着した。
ドアをノックして、中に入る。
中に入ると、老齢の男性が回転椅子に腰掛けて、私達の到着を待っているようだった。
「彼が、その青年かね」
その言葉に、深みがあるようにも、淀みがあるようにも、感じられた。
その発言に、ただ一つの沈黙も無く、私は答える。
「私は、帝国大学生物学科二年の丸子誠二です。何故私を呼び寄せたのですか、それをお訊ねしたい」
「訊ねることが出来る立場にあるのかね、君は」
ぞわり、と背中をなぞられたような感覚に陥る。
人間とはこのような存在だったか、ということを再認識させるような、そんな恐怖。
私の中でそれがごちゃ混ぜになって――次の一言が生まれない。
沈黙。
「はっはっは」
突然に笑い出した老齢の男性。何がしたいのかさっぱり理解できなかったのだが――。
「なあに、君を少し試しただけに過ぎないよ。君がどういった存在か見極める必要があったものでね。魂を宿らせた機械人形を作った人間がどんな人間なのか、興味が湧いてくるではないか。そうだろう」
「……私を
「もしも怒ったのならば、非礼を詫びようではないか。ただ、今の君の立場的にそれが出来るのかという問題があるがね」
「最悪ですね、貴方」
「残念ながら、そういう立場に就いている者でね。致し方無いのだよ。……自己紹介が遅れたな。私は国立機械人形研究所、所長の柊木常吉だ。以後、名前を覚えて貰えればと思うよ。まあ、嫌でも私の名前は覚えて貰うことになるだろうがね」
「私を呼び寄せて、いったい何のつもりだというのです」
「身に覚えは無いのかね? 君が行った行為、それについてだよ」
「……松木竜一のことですか」
「ほう。そういう名前だったのか、彼は」
だった。
そう、彼はそういう名前だった。
魂が幾ら封入されているとはいえ、彼は機械人形になっている以上、人権が保障されていない。例えば今ここで徴兵されてしまえば、彼に断る権利など存在しないのだから。
「……私に、罰を与えるおつもりですか」
「罰、とはどういうことかね」
「機械人形を勝手に作った。しかもそれに命を封入したことについて」
「しかしそれは失敗作だった。そうだろう」
彼の言葉に、私は何も言えなかった。
否定することなど出来やしなかった。
「失敗作のことを失敗作だと言うつもりは無い。現に我々は数多くの『失敗作』を生み出している。その中でどのようにすれば完成品が生み出せるかを考えている。しかしながら、やはりというか、どうしても外国を含めれば勝ち目が無い。特に大英帝国だ。我々と同盟を結んでいる国家でありながら、蒸気機関により独自の発展を遂げた国家。今や、機械人形を使って労働力の代わりにしているのだという。成功しているのだよ、彼らは。労働力として機械人形を採用出来る程に、成功しているのだ」
「大英帝国と、我々に何の共通点があるというのでしょうか」
「大英帝国は、噂に寄れば、生み出したというのだよ。とある機械人形を」
「それは、いったい」
「魂を持つ、機械人形だ」
部屋の空気が凍り付いたような気がした。
そんなことは有り得ないという思いが働いていたのかもしれない。
そんなこと信じられないという思いが募っていたのかもしれない。
しかし。
しかし。
しかし、だ。
それが現実に存在していることだとするならば――話は別だ。
「どうだね、丸子誠二くん」
彼は立ち上がり、私の前に立った。
「大英帝国が生み出したという、魂を持つ機械人形『ゼロ』を追いかけてみようとは思わないかね」
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