第二部02

 様々な場所。

 その一つに日本が含まれていた、という。いったいどうして日本に訪れる必要があったのだろうか。日本好きだったという事実があった訳でもないのに。


「何故彼は日本を訪れる必要があったのだろうな」

「彼は日本の『からくり人形』にいたく感動していたと聞いています。それがどれ程のものなのか、私には理解しかねましたが……。いずれにせよ、それが正しいことであるか、間違っていることであるかは、誰にも分かりません。唯一分かっていた人間は、もうとっくに天国に旅立ってしまったのですから」


 そういえば。

 リリィキスカはさっきから話があっさり過ぎる気がしないだろうか。

 リリィキスカはマーティンと一緒に暮らしていた、いわば親族と言っても過言ではない。にもかかわらず、リリィキスカの希薄な反応は何だというのだろうか。まるでマーティンのことには一切興味がないと言いたげな表情を浮かべているようにも見える。


「……分かった、ならばこれ以上言う筋合いもないだろう。それに、『マーティン・ノート』を手に入れることが、貴方達の中でも一番のポイントと言えるでしょうからな」

「分かっていただけて光栄です。……さて、それではその柊木栄吉少将にお会いしたいのですが」

「だから、彼は亡くなっているとあれほど」

「分かっています。ですからお墓参りをさせていただきたいのです。それぐらいしても許されることではないでしょうか」



   ◇◇ ◇◇ ◇◇



 東京、新宿の一等地に柊木邸はあった。柊木邸の中に墓所があるのだという。リリィキスカの提案であり、それを受け取る必要は無いのかもしれないし、私達もそれに素直に従わなくても良いと思ったのだが、話が進まないと思ってしまっては致し方が無い。結局は彼女の行動に従わざるを得ない、というのが結論なのだ。

 柊木家の墓所に到着すると、彼女は駆け出した。

 目の前にある墓石にしがみつくように座り込むと、そのまま彼女は涙を流してしまった。


「いったい、どうして。君は見ず知らずの人間にそれ程までの『感情』を見せることが出来るのかね」


 柊木の問いに、リリィキスカは答える。


「彼と一緒に過ごしていた人間です。いわば盟友とも言えるような……。だとすれば、このように感情を示すのも当然のこと」


 涙を流しながら、リリィキスカは言った。

 悲しげに、しかし芯を強く持っていた彼女は、話を続けていた。

 そして、立ち上がり、ゆっくりと両手を合わせ、頭を下げる。

 私達もそれに倣い、頭を下げた。


「……ありがとうございました。お墓参りを、させていただいて」


 柊木に言うと、リリィキスカの顔を見て彼は呟く。


「構わんよ。栄吉も、喜んでいることだろう。久しぶりに墓参りをして貰えて」

「そうですか。……そう、ですか」


 リリィキスカはパンパンと汚れたスカートを払って、前を向く。


「彼の遺品には、変わったノートは無かったのですか」


 問いに、柊木は首を横に振る。


「いいや、そんなものは無かった。存在しなかった。あるならば、そもそも調査員を派遣することなどあるはずがないだろう」

「ですよね……」


 リリィキスカが言ったのも、当然のことかもしれない。

 頷けることだったのかもしれない。

 信じられることだったのかもしれない。

 いずれにせよ、その価値観が正しいという認識を、その価値観が間違っているという認識を、私達は考慮しなければならないのだろう。

 リリィキスカはそれを信じていた。リリィキスカはそれを願っていた。リリィキスカはそれを考えていた。


「しかし、これで情報はゼロになってしまった訳だが」


 言ったのはガウェインだ。

 言わずとも分かっていることだろうに、言ってしまうのは彼の性格故だろう。


「遺品を見せて貰うことは?」


 アネモネの言葉に、否定したのは柊木だった。


「幾ら大英帝国の者とはいえ、私情プライベートぐらいは守って貰いたいものだね」

「でしょうね。……しかし、それを見ることで『マーティン・ノート』の手がかりが見つかる可能性も有り得る」

「マーティン・ノートが、日本にあると、貴方は言いたいのかね?」

「あくまでも可能性の一つよ」

「しかし、やはり、遺品を見せるということは私情上の問題になるというか」

「駄目だというのですか? これは、世界全体を揺るがす大事件に繋がるかもしれないというのに?」

「…………分かりました」


 アネモネの熱量に押される形になった柊木は、それを了承することとなった。

 栄吉の遺品に、果たして『マーティン・ノート』に関わる何かがあるのだろうか――。

 考えれば考える程答えは見えてこない。今はただ、遺品の確認の協力を取ることが出来た柊木とアネモネに感謝しつつ、遺品の調査に入るしかない。私達はそう思うのだった。

 

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