第一部05
メリドキシアとは、現地の人間の言葉で『神に近い都』というらしい。涅槃を求めたマーティンが最終的にその地に向かったことを考えれば、それは案外簡単なことだったのかもしれない。
「それにしても……、パキスタンとの国境付近とは聞いていましたけれど、山がこんなにきついとは思いませんでしたよ……」
「あら、日本男児は快活であれ、と聞いたことがありますけれど」
「それはどこから得た知識ですか……。ひい、ふう。大丈夫か、竜一。水分でも補給した方が良いんじゃないか」
「
「……ジョークだよ、ジョーク」
ジョークすら通用しないのか、なんてことを思いながら私はまた歩き続けた。歩き続けなければ、メリドキシアにいつまで経過しても着くことはない。ならば、前を向いて歩き続けるしか我々に道はないのだ。
「……待て」
そこで我々の動きを止めたのはガウェインだった。ガウェインは先頭を歩いていたが、その言葉を放ってから
「何かあったのですか、ガウェイン」
言ったのはアネモネだった。アネモネとガウェインの関係性は、単なる上司と部下だったのだろうと私は推測している。無論、アネモネが上司だろう。アネモネは若いが、ガウェインに対して傅く様子は見られない。となれば、考える可能性はたった一つ。アネモネがガウェインの上司である、という選択肢だ。
「何か、嫌な予感がしましてね」
「嫌な予感、ですか」
「ええ。何処まで本当かは分かりませんがね。私の第六感が告げるのですよ。何か嫌な予感がする、と」
「嫌な予感……。あなたの『それ』は、かなり面倒な言い回しというか、面倒なプロセスというか、面倒臭い考えというか。何というか、貴方の考えは少し否定すべきことも出てきているというのが理論というか……」
「どうやら、そうも言っていられない状況になってきたようですよ」
ガウェインの言葉に、漸く我々は実感させられる。
「まさか。本当に貴方の『それ』が的中したというのですか」
「本気にしていなかったのですか?」
「しているはずがないでしょう。貴方の『それ』は命中する方が珍しいのですから」
「あはは。片腹痛い」
「ちょっと。そんなこと言っている場合ですかっ。何というか、今、私達は……」
囲まれている。
そう。
私達は、囲まれているのだ。
人間味を感じない、人間性を感じない、人間らしさを感じない。
大量の機械人形が、そこには在った。
「これほどの機械人形が……いったいどうしてっ」
「分からない、分かるはずがないっ。だが、今の状況をなんとかしなくてはならないこともまた事実……」
ガウェインは冷静に対処していた。
持っていた鞄から取り出したのはライフルだった。ライフルは既に整備が為されており、いつでも使うことが出来る状態になっているようだった。
「どうせお前さんたち
「何故、私達を守る」
「貴重な人材だからだよ、それぐらい理解しろ」
そう言って。
トン、トン! とライフルを使って空に撃ち放ったガウェイン。
威嚇射撃。
彼が行ったのは、あくまでも敵として扱うことはない。今ならば逃げ出しても許してやろう、といった憂慮によるものだと思った。
だが、それでも逃げ出す機械人形は居やしなかった。
「これで逃げ出す機械人形が居るぐらいなら、俺達を狙いはしねえだろうなあ……?」
続いて。
ガウェインは一体の機械人形をめがけて銃を撃ち放とうとした。
そのときだった。
「止めなさいっ」
凜とした女性の声だった。
女性は機械人形の群れの先頭に立つと、我々を眺めていた。
「貴方達は、『エウレカ』と呼ばれている存在ですね」
ガウェインは、ライフルを漸く仕舞うと、話を返した。
「一部は『お客様』が居るが、大抵は正解だ。それで? あんたはいったい何者だ」
「私は、リリィ。リリィキスカ・フランフルド。この機械人形達を管理している存在で、メリドキシア唯一の『人間』です」
◇◇ ◇◇ ◇◇
メリドキシアに入ると、鬱屈とした雰囲気が我々を包み込んだ。
何というか、見たことのない憎悪を感じたような気分だ。
メリドキシアには、今人間は誰一人として存在しない。否、正確に言えば、彼女を除いて誰一人として存在しない、らしい。あくまでも彼女――リリィキスカの言うことを聞くのであれば、という話だが。
リリィキスカは、若い女性だった。何故彼女がここを管理出来ているのか分からなかった。研究者、という訳でもなさそうだった。彼女という存在そのものが本当に人間なのか怪しんでも仕方がないくらいだった。
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