第一部04

「……話を戻しましょうか。いわゆる『マーティン・ノート』を我々が見つけなくてはならないということ。そして、その為にはメリドキシアという集落に向かわねばならないということ。そして、我々以外にも『マーティン・ノート』を追い求める存在が居るということ」


 ちょっと待て。

 最後は初耳だ。いや、ここで得た情報全てが初耳であることには変わりないのだが、それでも、我々以外にも『魂を保管する機械人形』を追い求める存在が居るというのは、なかなか想定外なことであった。


「驚かれたようですが、これもまた事実。『マーティン・ノート』を手に入れて本当に事実が解明出来れば話は別ですが、『魂を保管出来る』というのは、画期的な発明であり、それを手に入れたい存在は山ほど居るということをご理解願いたい」

「何故だ」

「『マーティン・ノート』に記されている、魂を保管出来るという事実。それは魂を肉体から解放するということになる。例えば、素晴らしい為政者が居たとして、彼らにも寿命というものがある。それは炭素生命体である人間には逃れられない宿命だと言えるでしょう。でも、魂を、別の器に保管出来ることが分かったら」

「あ……、成程。一斉に為政者達は機械の器に魂を移し出すということか」

「ご明察。保全メンテナンスさえしていれば半永久的に生きながらえることの出来る機械の器と、寿命というものが存在する肉体の器。果たして為政者はどちらを選択するでしょうね?」

「それは……」


 火を見るよりも明らかだった。

 どう考えても、機械の器に魂を移した方が効率的だからだ。

 そして。

 そして。

 そして、だ。


「……我々大英帝国は、マーティン・アポカリプトが生きていた地です。とどのつまり、彼が所有していた物は全て我が大英帝国が所有することになる。マーティンには妻子は居なかったと言われていますからね……。マーティンの生き方を否定するつもりはありませんが、肯定するつもりもありません。何せ我々はその技術を使おうとしているのですから……」

「いったい、大英帝国はどのように使おうとしているのですか」

「ヒトという形そのものを次のプロセスに移行させる。我々がやることはただそれだけですよ」


 ヒトという形そのものを次のプロセスに。

 簡単に言ってのけているが、そんな簡単に出来る話ではあるまい。機械人形というもの自体を生み出したマーティン・アポカリプト死後、彼の遺産を食い繋いで凌いでいるだけに過ぎないのだから。

 マーティン・アポカリプトは優秀な技術者だった、ということは遠い島国の我が国にも届いている。そもそも機械人形が我が国に知れ渡ったのはマーティン自らが長崎に赴いて機械人形を我々に見せてくれたのが始まりだ。それを見て私は、いや、私たちは歓喜したのだ。世界には、そんなものがあるのかと。我が国にもからくり人形は存在する。しかしそのエネルギーは有限であり、尚且つ、木製である為に劣化も激しい。しかし、機械人形は『鉄』製だ。金属で出来ているそれは、劣化が少なく、使いやすい。エネルギーもからくり人形に比べれば少量で済む(マーティンの研究によれば、蒸気機関を代用としているらしいのだが、エンジンの詳しい部分はブラックボックスと化している)。


「ヒトという形そのものを次のプロセス……いささか分かりかねますね。それをして、大英帝国に何の利得があるのですか?」

「大英帝国は、常に先を目指さなくてはならない」


 言ったのはアネモネではなく、ガウェインだった。


「大英帝国は、先を目指している。蒸気機関を発明した。機械人形を発明した。ならばその先には何がある? 答えは簡単だ。マーティン・アポカリプトが考えた『魂の保管』、それを実用化する。それが我々エウレカに託された使命だ」


 だから。

 だから。

 だから、か。


「先に進むというのは分かりました……。ですが、如何して我々の協力を取り付けてくれたのですか? 我が国は技術的に見ても後進国。正直言って他の国と手を組むか大英帝国一人で進めた方が良いと思ったのですが……」

大日本帝国人ジャパニーズは、技術の吸収力が高い」


 話者がアネモネに代わる。


「そして、大日本帝国は未だどの色にも染まりきっていない。ならば、我々が利用させて貰う。それが我々にとって一番のことであるし、貴方達にとっても一番のことだと思うのだけれど」

「……それはそうかもしれません。いずれにせよ、我々が進む道は一つしかない。世界的に遅れている我々が、技術で進歩している大英帝国と手を組めるというのは有難いことだと思っています」


 そう。

 大英帝国と大日本帝国は対等な立場にない。

 仮に大英帝国が切り捨ててきたら、我が国はそのまま世界の波に揉まれて食い尽くされて終わってしまうだろう。

 そういう微妙なバランスの中で、我々は生きていて、我々は変わろうとしている。それがどれほど難しいことか、どれほど大変なことか分かっている。

 ならば。

 我々は前に進まねばならない。

 我々は茨の道を進まねばならない。

 我々は手を取り合って生きていくしかない。

 孤軍奮闘してやってきた生き方ではもう何も変わらない。かつて薩摩と長州が日本を変えたように、今度は私達が日本を変えなくてはならないのだ。


「……さて、話はまとまりましたね」


 気付くと、アネモネは鞄を取り出していた。これから何処かに向かうのだろうか。


「…….貴方達も何をしているのですか。これから向かうのですよ、マーティン・ノートが残された地、メリドキシアに」

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