第一部06

 リリィキスカは歌うように話し始める。


「人類を次のステップに移行させること、それはマーティンも良く口にしていました。そうして、それが実際に実現出来る力を国が持ち始めているということもまた……。私にとって、それはどうでも良いことだったりした訳だったのですが」

「どうでも良いこと、とは」

「だって、人間にとって魂の解放がどれだけ素晴らしいことかなんて、分かりやしなかったんですもの。確かにマーティンが生み出した『ゼロ』は素晴らしい存在だったのですよ。ですが、それはそれ、これはこれ。それ以上でもそれ以下でもない。私にとって、マーティンの考えとメソッドは別々にするべき、という考えがあったのですよ」

「考えとメソッドは似たような意味合いだと思いますが……」

「そうでしょうか」


 リリィキスカは答える。

 歩き続けて、かなりの時間が経過した。

 しかし、メリドキシアの奥地に辿り着く様子が見られない。

 メリドキシアは、どうやら我々が予想しているよりも遥かに大きな都市だったようだ。


「インドから――正確に言えば、大英帝国領インドからパキスタンが独立したのは、一年前のことになります。機械人形の存在に、宗教的観念からその存在を肯定するようならば、自国は独立すると宣言したことから始まります」


 リリィキスカは話し始める。

 それは、歴史を語り始めているのだった。


「確か、涅槃という存在が、魂という存在が、肉体という存在が、機械人形と相反しているということを語っていたことが始まりでしたね」

「はい、その通りです。そうして、パキスタンは独立しました。インドから、大英帝国から独立することはどれ程大変なことだったか彼らも理解していたはず。けれども、それ以上に、彼らの信義に違反することを許せなかったのでしょう。だからこそ、最初はこの都市の存在すらも許せなかった」

「ならば、ここが存在出来ていることも大変だったのでは。ここは一応、インドの領土内であることは確かだが」

「ええ、そうですね。今は、『触らぬ神に祟りなし』といった様子で、近寄る人間は誰一人として居ません。そもそも国境を無理矢理乗り越えてくる人間は誰一人居やしませんけれどね」

「確かに。そういう人間は居ないでしょうね」

「彼らの宗教的観念は仕方ないにせよ、少しは理解して貰いたいものですね。……あ、やっと到着しました」


 リリィキスカは立ち止まる。

 すると、目の前には、立派な屋敷があった。

 立派な屋敷に入ると、執事とメイドが一人ずつ立っていた。二人とも生気がない。やはり彼らも機械人形なのだろう。


「彼らも機械人形なのですか」

「ええ、そうですよ。メアリーにルーシーと言います。二人とも、忠実に働いてくれています。とても助かっていますよ」

「そうですか……。機械人形とは、優秀ですね」

「マーティンが遺してくれた、数少ない財産のうちの一つです」


 一人ではなく、一つ。

 何というか、仕方ないというか。

 機械人形には人権が与えられていないのだから、仕方ないのかもしれないのだけれど。

 少なくとも、今の我が国には、機械人形に人権が与えられることはない。専門の機関が存在しているにもかかわらず、機械人形はかつてのえた・ひにんに近い存在になってしまっている。本来ならば、そんなことはあってはならないのだけれど。

 きっと、軍部の影響があるのかもしれない。軍部は帝国建国後、力を持ち始めている。元々武力でもって応じていた国だから仕方ないといえば仕方ないのだ。文官が地位を持てば話が別なのかもしれないのだけれど。


「大英帝国では、漸く機械人形に人権が与えられました。貴方の考えは間違っています」


 言ったのはアネモネだった。


「……そうなのですか。すいません。こういう場所に住んでいるから、世情には疎いものでして」

「まあ、仕方がないことですね。……ところで、『マーティン・ノート』についてはご存知ですか」

「……貴方達なら絶対にそれについていつかは気づいてしまうと思っていました。でも、これほどまでに早いものだったなんて」

「気づいていないとでも思ったのですか。そもそも、貴方は『エウレカ』の存在を知っていた」

「……『口は災いの元』とは良く言ったものですね。ええ、そうですよ。まさにその通りです。貴方達のような存在が、いつか『マーティン・ノート』を手に入れるべくこの地に訪れるだろうと思っていました」

「ならば、『マーティン・ノート』はあるのですか。この地に」

「それも含めて、お話ししましょう。それより、疲れたのではありませんか。今日は、ゆっくりとお休みいただければと思っていますよ。貴方達のような方がやって来ても良いようにいつでもベッドメイクは済ませておいたのです。……勿論、やったのは私ではなく、メアリーとルーシーの二人、ですが」


 そう言われてしまっては仕方がない。そう思った私達は、一路メアリーとルーシーに案内され、部屋へと向かうことになるのだった。



   ◇◇ ◇◇ ◇◇



 部屋に荷物を置くと、またメアリー――メイドの方だ――がやってきた。


「どうかしましたか」

「料理の準備が整いましたので、ご案内させていただきたく思います」


 ちなみに、私と竜一は同じ部屋である。これは何か変な意味を持たせている訳ではなく、ただ単純に彼には私の記録役としての任務を与えている為である。私的プライベートな時間であっただろうと、それは変わりない。私にとって、発言の一つ一つを残しておくことは、どのような時でおいても重要である、という判断に至った為だ。――彼のように、いつ死んでもおかしくないのだから。

 

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