第一部07
食堂に到着すると、既に全員が揃っていた。アネモネが退屈そうな表情を浮かべて、私達を見やると、
「遅いぞ、|大日本帝国人≪ジャパニーズ≫。お色直しをする程の時間があるとでも思ったのか」
「……何だ、ジョークが言えるんじゃないか」
「さては私を馬鹿にしているな?」
「まあまあ、全員揃ったんだし、食事の時間といこうじゃありませんか」
言ったのは、リリィキスカだった。
リリィキスカは、メアリーが注いだワインを飲み、話を始める。
「それに、この場では皆楽しむ場であると考えています。食事とは、楽しむもの。そうでしょう、異国からの皆様」
「……それもそうだな。苦言を呈しながらする食事はクソッタレこの上ない」
おい、ちょっと暴言が過ぎるんじゃないか。
暴言というより、暴論と言えば良いだろうか。
「……それはそれとして。話を始めましょうか。先ずは、どれから話せば良いですか」
「マーティンは何故死んだ。それについて訊ねたい」
「老衰だ。と言いたいところだが、話は違います。マーティンが死んだのは、病気ですよ。未知のウイルスによる病気により、亡くなりました。解決法も見いだせないまま、亡くなりました」
「何故だ?」
「どうかしましたか?」
「マーティンは機械人形に魂を移すことを成功していたはず。だのに、何故、機械人形に魂を移そうとしなかった?」
「……何故でしょうね」
「何?」
「正直な話、彼が何故そのようなことをしなかったのかは、分からないのですよ。人間のことを好いていたのかもしれないし、機械人形のことを嫌っていたのかもしれない。機械人形を作ったのは、彼自身であるというのに」
「機械人形を嫌っていた、だと」
「あくまで推測と予測にしか過ぎませんよ。彼は機械人形に鳴ることを拒んでいたことは事実です。そこに何が見えていたのかは、彼のみぞ知る、と言ったところでしょうか」
パンをちぎり、スープに染み込ませる。
そしてそれを口に入れると、ワインでそれを流し込んだ。
「しかし機械人形を作った祖が、機械人形を嫌っていたとはなんたる皮肉でしょうか」
「だからこそ、彼はマーティン・ノートすらも焼却したかったのかもしれません」
「……マーティン・ノートが、焼却された、ですってっ」
「慌てなさんな。慌てなくても、マーティン・ノートは焼却されてはいませんよ。私が止めました。最初は、死後、マーティン・ノートは焼却し、永遠に魂の持つ機械人形が生まれないようにして欲しいと言ってきました。けれど、私は断り続けました」
「どうして?」
「生まれた技術は、対等でなくてはならない。たとえ誰かが発見したものだとしても、後世に残したものであるならば、後世の人間が理解し、対処せねばならない。私はその意思のもと、行動した為です」
「……それも、マーティンから言われたことか?」
「ええ」
こくり、とリリィキスカは頷いた。
「マーティンは常に先を見据えていた。見据えていたからこそ、見えていたものも大きかったのだと思います。けれど、彼は病に|斃≪たお≫れるまで、正確には病であると知るまでに、機械人形という文化を発展させないように考えていたのかもしれない」
「と、いうと?」
「それは、彼にしか知り得ない、って話ですよ。……マーティン・ノートを探しに来た、と貴方達は言いました」
ですが、とリリィキスカは言った。
「マーティン・ノートはここにはありません。……文献は多く残されていますし、研究材料も数多く残されていますがね。多くの研究者がここを訪れようとして、そして死んでいく人間も居ました。それだけではない、ここまで辿り着いて『自律機械人形』に打ち倒された人間も居ました。……ここに辿り着けたのは、貴方達『エウレカ』が初めて」
「マーティン・ノートはここにはない……ですって……っ。ならば私達は何のためにここに辿り着いたと思っているのっ。私達は他の国にマーティン・ノートを奪われないように、いち早くここにやってきたというのに」
「貴方達を、結果的に騙してしまったことになる。それについては謝罪します」
リリィキスカはぺこり、と頭を下げる。
「……謝罪をして貰う必要はありません。いずれにせよ、私達がここにやってくるまで、マーティンが死んでいることも、マーティン・ノートがないということも知らなかった。マーティン・ノートの存在は、必ずしも手に入れなくてはならない、というものでもないからな」
「アネモネ? それはいったいどういうことだ?」
「エウレカはあくまでも機械人形に関する人権を確保する為の組織。確かにマーティン・ノートの有用性は限りなく最高なものだと言えるだろう。だが、マーティン・ノートは災いの火種を生み出す。そんな火種を生み出すものならば……科学なぞ必要ない。そうとは思わないか」
「それは確かに間違っていないのかもしれませんね。……いずれにせよ、それがどうであれ、世界が変わってしまうものであるということは間違いありません。であるならば、世界が変わってしまうものというのは、なんとも許容しがたい何かがあるというものだ。マーティン・ノートは、今、何処にあるというのだ?」
「マーティン・ノートがある場所は……ええと……、今ここで説明するのは難しい話だな。であるならば、食事を終えてから話し始めようではないか。話すことも多い。何も珍しい話ではない。話すこと自体が珍しいというのなら致し方ないことではあるのかもしれないが」
「マーティン・ノートがここにないということ、それは事実だということなのですね?」
アネモネの問いに、ゆっくりと頷いたリリィキスカ。
「ならば、仕方がありませんね。貴方の言うとおり、この土地を探索することとしましょう。もしかしたら、マーティンが遺した研究の欠片が見えてくるかもしれませんから」
「ええ。そう言って貰えると助かります。その頃には、マーティン・ノートが何処にあるのかをお教えすることも出来るでしょう」
そうして食事は終了した。
マーティン・ノートのありかは分からなかった。しかしマーティンの研究室に入っても良いという許可を得ることが出来た。世界で初めて魂を機械人形に保管することが出来た稀代の天才、マーティン・アポカリプトの頭脳、その一欠片でも見ることが出来るのだ。光栄と言ってもいいだろう。そう思うと、私は胸が高鳴ってしまうのだった。
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