第一部08

 食後。我々は部屋へと案内されることとなった。部屋は食堂の奥に広がっており、中に入ると黴の生えたような臭いがつんと鼻をついた。


「げほっ、ごほっ。いくら何でも掃除が行き届いていないんじゃないか……?」

「彼の死後、ここに立ち入ったことがあるのは私だけですから」

「片付けなどをした、ということは」

「していません。彼がそうするな、と言ってきましたからね。その言葉を、今更裏切る訳にもいきませんから」

「裏切る訳にはいかない、か……」


 マーティンの遺した文献や資料には、様々な情報が書かれている。胎児や臓器のホルマリン漬けが入っている容器も置かれている。それだけ見ればマッドサイエンティストのそれであるが、しかして、それも全て機械人形の研究によるものだとすれば、それは事実であり真実であるだろう。


「機械人形の研究に、助手は誰一人として存在しなかったのですか?」

「ええ。誰一人として、彼の研究に参加する者は居ませんでした。私もまた、その一人でした」

「どうして?」

「機械人形が嫌いだからですよ」


 リリィキスカははっきりと告げる。


「機械人形が嫌い? だが、目の前には、その周囲には」

「知っています。分かっています。機械人形が居るではないか、と言いたいノでしょう?」


 こくり、と私は頷いた。


「でも、それが真実とは限らないのです。たとえ機械人形に囲まれた状態であったとしても、機械人形を好んでいるという訳ではない。それを理解して貰いたいものですね」

「……マーティンも良く貴方をパートナーとしたものだな」

「パートナー? いいえ。うふふ……そんなことが有る訳ないでしょう? マーティンは、ずっと機械人形だけを愛し続けてきた人間ですよ」

「だとすれば、さらに話はこんがらがる。何故魂の保管を行わなかった?」

「それはマーティンしか知らないのでしょう。マーティンに聞けばいいじゃないですか? もう彼は死の国に旅立ってしまっていますけれど」

「死の国に行ってしまった人間をどうやって尋問せよ、というのかね」

「さあ。そりゃ分かりませんよ。神のみぞ知る、と言ったところじゃないですか」


 話は平行線を辿っていた。

 どうやらこれ以上話をしたところで無駄だということは、なんとなく理解できていた。


「……結局、マーティン・ノートが見つからない現状、私達がここに居る必要性はあるのですか」

「ないわね、はっきり言って」


 ばっさりと、アネモネは切り捨てた。


「けれど、マーティンが遺した文献を見つけていくことで、ヒントを探すことが出来るというのも事実。たとえばマーティン・ノートがどこか別の場所に隠されているだとか、そういう情報が……」

「『日本国史』……」


 見たことのある言語が目に映り、私は目を丸くしてしまった。


「日本にも崇敬していたと言われているな、マーティンは。まあ、それがどれ程の意味を成しているのかは分からないが」

「この人と写っている写真……いったいいつのものでしょう」

「え?」


 それを聞いて、アネモネは私に顔を近づける。

 私が持っていたのは古い写真だった。マーティンと思われる大柄の男と、軍服に身を包んだ青年が居る。マーティンが死んだのは五年前とするならば、大政奉還後直ぐのこととみられる。いったい全体、どうしてそのようなことが出来たのだろうか――。


「まさか、マーティン・ノートは、日本にある……?」


 アネモネの言葉に、はっとするリリィキスカ。


「確かに、マーティンは死ぬ直前に日本に向かっていましたね。何故そのようなことを、無理にしたのかは教えてくれませんでした。……どうして、ということを考えるならば、何か重要なものを渡す為だった、ということなのかもしれませんね」

「貴方は日本に出向かなかったのですか?」

「来るな、と言われてしまいましたよ。私は行く必要がない、と思われてしまったのかと思いましたが、まさかこのようなことがあるだなんて思いもしませんでした」

「向かうしかないでしょう。こうなれば」


 アネモネの言葉に、我々は頷くことしか出来なかった。


「次の目的地は――」




 ――日本だ。





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