第20話「帰還」

 結論から言うと、キコたちは元の世界に戻ってくることができた。

 目覚めると、美術館のソファーで眠り込んでいた。周囲には大勢の客。服装から現代人だとすぐに分かる。

 当たり前だと思っていたものが珍しく見える。戦国時代は和服ばかりで、洋服を着ているのは自分たちだけ。現代服は懐かしくもあり、ちょっと違和感も感じてしまう。

 スマホで日時を確かめると、自分たちがタイムスリップする前、美術館にいた時間で間違いなかった。

 美術館では刀剣展がやっていて、展示物には「宗三左文字」も「明智近景」もあった。


「戻ってこられたんだね……」

「やったぁーー!! ……ってここ、美術館だった。す、すみません!」


 大声に驚いた客に、ミナミはぺこぺこと頭を下げる。


「でも変だな」

「何が? 完全に現代と思うけど?」

「制服、綺麗だぞ?」


 ナユタの言う通りだった。

 本能寺の激戦で制服はぼろぼろになり、買い換えるしかないと思っていたが、新品同様な真っ白になっている。


「え……。夢を見てたんじゃないよね……?」


 買ったばかりの制服が綺麗なのは嬉しいが、戦国時代にタイムスリップして大冒険したことが夢だったなんて思いたくもない。


「あっ! 刀! 光秀さんの刀どうなっただろう!?」


 キコは明智近景が展示されているスペースへと走り出す。

 スタッフに注意されるがそんなことに構っていられない。


「ない……。名前がない……」


 明智近景の刀身に、明智光秀の名はなかった。

光秀は信長を殺した裏切り者であり、のちの所有者は裏切り者の名前を入れたままにしておきたくないと、名をすりつぶしてしまったのだ。


「歴史は変わってないんだね……」


 名前が消されているのは、皆が知っている歴史的事実と変わらない。

信長が死ななかったことで何か変わったかもしれない。そう思っていたが、展示されている説明文を見ても、教科書に書かれている、歴史のままの本能寺の変が綴られていた。

 キコたちの活躍が歴史に反映されなかっただけなのか。それとも、あれはただの夢で、現実のことではなかったのか。


「違う……。そうじゃないよ……」


 何も変わってないわけではなかった。


「マキ……」


マキの姿がないのである。

美術館へは間違いなく、四人で来ていた。キコ、ナユタ、ミナミ、そしてマキ。戦国時代のタイムトラベルにも、マキがいた。

しかしこの場にいないということは……。


「タイムスリップしてきたんだ……」


 自分たちの冒険は夢でも嘘でもない。


「うんうん。マキちゃんは戦国時代に残ったから、ここにいないんだよね」


 ミナミが答える。


「ああ。そうじゃないと説明つかない」


 キコたちは美術館を出て、タイムトラベルの痕跡がないか探して回った。

 スマホには登録してあったはずのマキの連絡先がなかった。クラスメートに聞いてみたが、マキの連絡先はおろか、マキの存在を知らなかった。これはタイムトラベルの結果と言えるのではないだろうか。

 自分たちが戦国時代に与えた影響もないか調べてみたが、前田利家は桶狭間の戦いで死んでいないし、前田慶次は当主になっていない。キコが当主となった形跡もないし、自分たちの名前も出てこなかった。


「これでよかった……んだよね」


 キコは自信のない声でナユタとミナミに問う。


「たぶんな。歴史を変えるのはやっぱ、いいことだと思えないし、死んだと思った人が生きてるのはいいことだ」


 ナユタはそう答える。

 現代にも歴史上の人物の子孫たちはいる。その人の存在が消えなかったのは間違いなく良いことのはずだ。


「でも……わたし不安になるな……」


 ミナミは心細げに言う。


「不安?」

「どうしてマキちゃんがいないんだろうって。あ、もちろん、戦国時代に残ったからここにいないのは分かるよ。でもね、なんだろう……こう考えちゃうんだ。初めからマキちゃんはいなかったんじゃないかって……」

「初めから……?」


 高校に入ってマキと知り合った。そして戦国時代を一緒に旅した。その記憶がキコたちにはある。マキの顔も声も思い出せるが、それを裏付けるものが何もないのだ。マキという人間はいたのだろうか。自分たちが夢で見た登場人物なのではないだろうか。

ミナミが言うのはそういうことだった。


「そんなことない……。私たちはちゃんと覚えてる、マキがいたこと……」

「そ、そうだよね! マキちゃんは自分の意志で戦国時代に残った。ただそれだけのことだよね! あは、あははは!」


 三人は自宅に帰り、400年ぶりのシャワーを浴びた。




 それから図書館を調べて回ったり、ネットの小さい噂を見たりしたが、有益な情報は何も得られなかった。

世界はマキがいないことを前提として進むので、キコたちの生活もマキがいないことで慣れていってしまう。もちろん記憶にはある。でも、それは思い出になっていった。

あっという間に月日が過ぎていき、気づくと数ヶ月が経過していた。


「ねえ、キコ。ちょっとこれ見て」


 図書館で勉強をしていると、ミナミが新聞を見せてくる。

 ミナミの指さす先を見る。


「うん? 400m走県大会優勝? これがどうしたの?」

「名前見て」

「日向真樹(ひなたまさき)?」

「これって、マキちゃんじゃない?」

「え?」


 県大会で優勝した人物がマキなのではないかと言うのだ。


「でもこれ、山形県って。それに、マキの名字は本城だから……」


 他のみんなは忘れているが、自分は覚えている。大切な友達の名前。


「ううん、だからこそ合ってるの?」

「どういうことだよ」


 隣にいたナユタが不快そうに言う。

 ミナミは自分の知識をひけらかすために、わざと結論を後回しにするものだった。


「光秀が持ってた官位って知ってる?」

「知らないし」

「日向守(ひゅうがのかみ)なんだ。日が向かうって書いて、ヒュウガ」

「それが、このヒナタだと?」


 こじつけの推論にナユタは怪訝な顔をする。

 日向はヒュウガと読むが、ヒナタとも読める。日向ぼっこはこの読みである。


「実は光秀には子孫がいるの。主君を殺した裏切り者だから、関係者は殺されたりしたんだけど、実は全員じゃないのよ」

「それがこの人だって言うの?」


 キコが言う。


「うん。庄内藩、今の山形にヒナタを名乗る一族がいてね」

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