第2話「神社」

「起きて、起きてってば!」


 キコは体を激しく揺らされて目覚めた。

 ぼんやりした目で、左右に揺れるミナミをとらえる。もちろん揺れているのは自分のほうだ。


「あ、起きた」

「私、どうしたの……。急に目の前が真っ白になって……」


 あれは一体なんだったのだろう? めまいや立ちくらみなのか。

 突然、目に光が入り込んだと思ったら、世界が白に包まれ、いつの間にか気を失っていたようだった。


「やっぱりキコもなんだね! みんなそうだったんだよー」

「みんなも?」


 キコが辺りを見回すと、ナユタがマキの膝で寝転んでいるのが見える。

 マキは視線に気づいて、軽く手を振ってくれる。ナユタは目をうっすら開いて気怠そうにこちらを見える。

 どうやら二人は無事のようだ。


「ん? ここは?」


 美術館内だと思ったら、自分は茶色い地面の上にいた。頭のところには、枕代わりになっていたスクールバッグがある。

 いつの間に外に出たのだろう。救護され連れ出されたのだろうか。


「わかんない。気づいたらここにいたんだよね」

「他のお客さんは?」

「あたしたちだけだよ。みんな気を失ってたようで、その間に運ばれたみたい」

「え? それって……なに? 誘拐?」

「なのかなー?」


 何かで気絶させ連れさらわれたのであれば一大事であるのに、ミナミたちは落ち着いている様子だった。


「誰もいないんだよねー。ものすごい田舎みたいだし」

「田舎?」


 辺りは広大な田園風景が広がっていた。人や建物はまるで見受けられない。

 美術館のある都心でこのような風景は見られない。では、かなり遠くに連れてこられたのか。


「置き去り……?」


 どこかに監禁してイケナイことをしようという目的でないことは分かる。

 ミナミによると、電波が来てないようで、現在地を確認することも、連絡することもできないようだった。身の危険がないことを確認し、やれることはすべて試し、最後まで気を失っていたキコを起こした、という状況だという。


「それで落ち着いているわけなのね……」

「田んぼがあるんだから、誰か人がいるわけでしょ。民家を探して電話を借りればいいからね」

「それじゃ、そろそろ歩こうか」


 そう言ってマキは、膝で横になっていたナユタを抱き起こす。

 ナユタは不満げな顔をしていたが、しぶしぶ立ち上がって、スカートについた砂を払う。

 しばらく歩くと、古ぼけた鳥居が見えた。

 どうやら神社らしい。木々がうっそうと茂っていて、神社がまるごと森のようだった。


「さびれた神社だね……」


 大きな神社のようだが、鳥居をくぐって奥へ進んでも、建物がまったく見当たらなかった。

 かろうじて参道はちゃんと道になっていたが、他は草木が生え放題になっている。長い間、人の手が加わっていないことが分かる。


「あれが一番偉い建物じゃない?」


 マキが指さす。

 そこには、今にも崩れ落ちそうなほどボロボロな本殿があった。


「あぁ……なんか残念な感じね……。せっかく大きいのに」


 とナユタが漏らす。

 瓦の多くは落ちて割れ、以前は朱色に塗られていた柱も、ほとんど元の木の色になってしまっている。しかし、建物の大きさや装飾からいって、かなり権威のある神社だったことがうかがえる。


「神社の人がいないか、探してみよ。……いなそうだけど」


 参拝客もいなければ、神職もいなそうな雰囲気だ。人の気配がまったく感じられない。

 やらないよりかマシであると、ミナミの提案に乗り、それぞれ神社を散策し始める。しかし、だだっ広い境内を歩かされただけで、何も収穫はなかった。


「ダメだぁ……誰もいないよぉ……」

「無人の神社なのかもね。他を当たったほうがいいかもしれない」


 そう言ってキコは、本殿の軒にぐったり腰を下ろすミナミの横に座った。


「マキとナユは?」

「ペットボトルに水くみに行ってる。ここ、自販機ないから」

「あたしの分も頼めばよかったぁ」


 ミナミは足をジタバタとさせる。

 そのとき、じりっと砂利を踏みしめる音が聞こえた。

 人が近くにいるのだ。

 立ち上がって本殿の正面を見ると、やはり人が立っていた。

 だが、明らかに様子がおかしい。


「なにあれ……」

「さ、さぁ……」

「コスプレ? おもてなし隊とか何かかな」


 神社に現れた人物は、鎧武者の格好をしていたのだ。

 若い男性で、甲冑を着込み大きな兜をかぶって、腰には長い刀を佩いている。


「へえ、よくできてるなぁ」

「そうなの?」


 歴史好きなミナミは刀だけでなく、甲冑にも詳しい。


「うん。個人で作ったものじゃないね。簡素化せず、しっかり作り込まれてる。実際の鎧のレプリカを買ったのかも」


 鎧武者は二回頭を下げ、二回パンパンと手を叩く。

 神社へはお参りに来たようだった。


「参拝客? あの人に聞いてみる?」


 キコが言う。


「え? ヤバそうじゃない?」

「ヤバい?」

「相当ヤバいっしょ! 一人で鎧着て神社で参拝だよ。きっとこのあと、あの模造刀抜いて、素振りとかし始めるよ」

「はぁ、確かに……」


 ミナミの言うように、神社で刀を振り回して武士のマネをしている人とは関わりたくないと思った。


「ん?」


 遠くからガチャガチャと、金属製のガラクタを担いで走っているような音が聞こえる。

 音はどんどん大きくなっていく。けっこうな人数のようで、かなり不快な響きが近づいてきている。


「マジでっ!?」


 異様な光景にミナミが思わず声を上げる。

 鎧武者と同じ格好をした人たちが、息を切らしながら全力疾走して、こちらへ向かってきているのだ。


「わあっ、すごい! 何かの集まりかな! オフ会!? 超クオリティ高い!」


 ミナミはおかしな様を大いに喜んでいた。

 人数はどんどん増えていく。もう100人以上はいるのではないだろうか。本殿前に広場は鎧武者で埋め尽くされている。

 ミナミはスマホを取り出し、こっそり撮影し始める。

 キコはミナミの行動に呆れていた。

とりあえずこの中に入って、「ここはどこですか? 電話貸してくれませんか?」など言えるはずがない。

 集団の輪がざわつき始める。

 何かと思い、背を伸ばしてのぞき込むと、騒ぎの中心にはナユタとマキがいた。


「ナユ!?」

「マキ!?」


 二人は腕をつかまれ、無理矢理その場に連れてこられたようである。

 その顔には明らかに恐怖の色が見える。


「どうしよ、キコ……」

「どうしようって……」


 相手は甲冑を着た100人以上の集団だ。できれば関わりたくない。けれど、ナユタとマキはすでにトラブルに巻き込まれてしまっている。

 キコは思い切って、その集団の前へ飛びした。


「あの……! ……す、すみません……」


 意気揚々と声を上げたものの、すぐにトーンダウンする。

 甲冑を着た男たちは殺気立っていたのだ。

 そして持っていた槍の穂先を一斉にキコへと向ける。

 キコは反射的に両手を挙げる。


「あ、あの……怪しいものじゃないんです。ちょっと神社に立ち寄っただけで、邪魔しようとか、そういうつもりはありません……」

「キコ!」


 マキが声を上げる。後ろ手に腕をつかまれ、動きを取れない。


「貴様ら、何者だ」


 20代の青年がキコに近寄ってくる。

 この神社に一番早く来ていた人だ。立ち位置を見るに、この集団のリーダーのようだった。

 青年はキコをにらみつけ、明らかにこちらをよく思っていないのが分かる。


「ただの高校生です。二人を放してください」


 キコは負けじと毅然として答える。

 一歩でも引けば、逃げ出してしまうそうだった。


「ほう、俺に命令するか」


 青年の発言を受けて、槍を構えた男たちがさらに距離を詰める。

 穂先はあと数センチでキコに届きそうだ。


「あ、あわわ……」


 ミナミは腰が抜けてしまい、遠くてキコの様子を見守ることしかできなかった。


「そんなつもりはありません。ただ二人を放してほしいだけです」

「キコ」


 マキは無理に対抗せずに素直に従えと、目で訴える。

 だが、キコは引き下がらなかった。


「どうか、お願いします」

「お願いとな? それが人にものを頼む態度には見えんが?」

「キコ、土下座だ、土下座!」


 ナユタが叫ぶ。

 別にふざけて言っているわけではないのはキコにも分かった。どちらが上か下か、正しいか間違っているかの話ではなく、一方的に謝るしか解決できないと言っているのだ。


「お仲間はそう言っているが?」

「……しません」


 キコは歯をかみしめながら答えた。


「謝るようなことしていませんから」

「ほう」

「キコ……」


 青年を挑発するキコに、マキは恐怖で泣き出しそうになっている。


「あなたたちこそ非常識です。神社に物騒な格好をして集まるなんておかしくありませんか?」

「俺たちが何者か分かって言っているのか?」


 声のトーンから苛立ちが伝わってくる。


「知りません」

「そうか」


 青年は腰から太刀を抜く。


「うっ」


 青年は太刀をキコの首筋に当てた。


「その命知らずさ、常人とは思えぬな。貴様、何者だ」

「だ、だから、高校生だって……」

「訳の分からぬことを言うな。あやかしの類いか、それとも神か?」

「神? そんなものじゃありません」


 青年は太刀を振り上げる。


「ひっ」


 キコは殺されると思った。

 あれが本物の刀か分からないが、模造刀であったとしても、あれで思いっきり殴られたら首が折れてしまう。

 だが刀は振り下ろされることはなかった。

 男はそのまま刀を腰の鞘にしまったのだ。


「え?」


 青年はキコに背を向け、甲冑の集団に向き直る。


「皆の者、よく聞け!」


 青年の怒号に、甲冑の男たちは一瞬にして膝を地面について傾聴を始める。


「こやつらは天の使いだ」

「へ……?」

「槍を降ろせ」


 槍をキコに向けていた者も、槍を降ろして地面に膝をつく。


「見て分かるように、こやつらは常ならざる者。この人をなめた態度も、着ているものも現世のものではない」


 おおっとあちこちで声が上がる。

 それは驚きと賛同の声だ。

 鎧を着てるほうがおかしいでしょ、とキコはツッコミたくなる。


「この者らは、我らの戦勝を祝って、わざわざ天より舞い降りてくれたのだ。そうだな?」


 青年がきっとにらみつけてくる。

 視線に耐えられず、キコは状況がよく分からないまま同意してしまう。


「は、はい」

「この戦は多勢に無勢。苦しい戦いになろう。だが我らは今ここに、神の加護を得た。かの者たちを見よ」


 男たちの視線がキコやマキたちに集まる。


「この者らは白鷺の化身。人の姿となり、我らの戦勝を見届けに来たのだ!」

「おおー!」


 大きな歓喜が上がる。

 男たちは立ち上がって拳を突き上げている。

 白鷺? 制服は白いけど……。

 キコは青年の貧相な例えに絶句する。


「何をか恐れん。勝機は我らにあり! 領地を侵す外敵を討ちはらい、家族の待つ清洲へ戻るのだ! 者ども、行くぞーっ!!」

「おおーーっ!!」


 男たちは槍を天高く掲げ、空が割れるほどのボリュームで叫んだ。

 キコたちはあまりのうるささに耳をふさいでしまう。

 青年が進めと命じると、男たちは一斉に境内から駆けていった。


「あなたは……?」


 キコの問いを無視して、青年が言う。


「神だと答えていたら殺していたぞ」


 これまで以上に鋭く冷たい声だった。

 キコは心臓を手づかみされたかのように、ぞくっとした。


「何者かは知らんが、礼を言っておく」

「え? 礼を言われることなんか……」


 謝罪を受けることはあっても、感謝されるいわれはなかった。


「おかげで兵の士気が上がった。生きて帰れたら礼をさせてもらおう、神の使い」


 そう言って青年はキコの頭にぽんと手を置いた。


「なっ!? 何するんですかっ!?」

「じゃあな」


 キコは非難するが、青年は取り合うことなく去っていってしまう。


「大丈夫、キコ!?」


 マキが駆け寄ってくる。


 キコは地面にぺたんと座り込んでしまう。

 緊張が解かれ、どっと疲れがきたのだった。


「はぁ、なんとか……」

「やるじゃん、見直したよ。ヤンキー、追い返しちゃうなんて」

「ヤンキー?」

「不良? 暴走族? いい年してあんな格好してるんだから、相当おかしな奴らなんだろ。ヒヤヒヤしたけど、スカッととしたよ」

「はあ」


 いったい何者だったんだろう?

 マキの言うような言葉で語れるような人物ではなかった。もっと大きい、偉大な人間だったように感じる。

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