第16話 人間病





「残念ながら息子さんはかなりの奇病にかかっています」

 医者は母親にそう告げた。隣の病室では少年がベッドで一人睡眠をとっている。


「奇病ですって……」


「そうです。病気の名前は『人間病』です」


「人間病とは?……。初めて聞きましたけども」


「『人間』とは遥か昔にこの地球に住んでいた生命体です」


「……ああ、なんか聞いたことがあるような気がします」


「知的生命体だったんですけどね。欲が強く闘争心が強過ぎる為、お互いを攻撃しあい、そして結局滅んでしまったのです」


「まあなんて恐ろしい。そんなの知的生命体ではないではありませんか。まるで獣のよう……」


「その通りです。獣と言って差し支えありません」


「まさか息子がそのようになるってことですか?」母親はわなわなと震えだした。


「言いにくいのですがそういうことです。しかし安心してください処方はあります」


「先生お願いします。息子をそんなそんな生命体にさせないで下さい」


「お母さん、落ち着いて下さい。人間病には精神治療が効きます。とある本を読ませることで治療することができます」

 そう言うと、医者は奥から一つの本を持ち出してきた。





 ♦  ♦  ♦





「先生この間はどうもありがとうございました。先生からお渡しされたあの本が効いてきたみたいです。一時は仰る通り、どんどんと目つきが悪く攻撃的になり、人間化が進んでいるように見えましたが、あの本を読ませたところ徐々に落ち着いてきました」


「うんうん、それは良かった」医者は安堵の表情をみせる。


「しかし不思議ですね。あんな小説に効果があるとは。逆に攻撃的になりそうな気がしましたが」


「あれはですね、人間文化で書かれた小説です。タイトルは『異世界転生したらチートハーレムで無双英雄』というものです」


「そんなものがどうして効果があるのですか?」


「それはカタルシスですよ。人間の欲望を疑似的になぞることで欲望を浄化する効果があるのです」


「なるほど。そういうものなんですか」


「そういうものなんですよ」






 ♦  ♦  ♦






「ババアは病院に行ったか」少年は家で、隠していた邪悪な笑みを浮かべていた。

「欲のない生命体を騙すのはわけないことだ。欲こそが生きていく為に何よりも必要なもの」


 少年は医者から貰った小説を手に取る。

「しかしいいものを手に入れた。これこそ俺がこれから生きていくのに指針となるものだ。これから俺は全ての生命体を騙して、この世界で無双チートする人生を始めるんだ」





 了





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