消灯諸島(ショートショート集)

影山洋士

第1話 職業規定法社会




柏木サイキは成人の日を迎えていた。


今年高校を卒業する年齢の人間たちが、市長の長い話を聞かされていた。

話を聞く参加者は皆、深刻な顔つきをしている。

しかし式典が深刻なわけではなく、問題はその後の「職業告知」だった。



40年ほど前から職業に自由選択はなくなった。今ではスーパーコンピューターによるDNA分析によって、個々人の職業は国に規定される。

多くの批判を受けながらも成立した「職業規定法」だったが、実際に施行されてみるとスーパーコンピューターの分析は確かで、殆どの人間が適職に就けていた。


高校を卒業する歳の一月に皆成人式を迎え、そこで職業を告知されるわけである。そしてその後職業に見合った現場なり学校に行くことになる。

プロスポーツ選手や芸能人ですらそこで進路を決められる。


ある時、高校野球の甲子園優勝投手がプロスポーツ選手に選ばれないことがあった。当然世間から批判も生まれたが、当該の選手は抗議をすることはなかった。

実はその選手の肩はもう限界の状態だったのである。それはDNA分析の適合と合わないことし続けた結果でもあった。


職業規定は絶対であり断ることは出来ない。例えば「事務職」の中で会社を変わることは出来る。しかし規定された職業を辞めるとなるとそれはもうホームレスになるしかなかった。


成人式の参加者が深刻になるのも当然である。今日の日に人生が決まるのだ。



式典が終わりいよいよ職業告知の時間になった。


「とうとうだね」

柊ハルミが話しかけてくる。


柊は柏木の彼女であり、お互い18歳ながら結婚を決めている間柄でもある。


「そうだな緊張するな。俺はやっぱり地味な仕事がいいなあ」


「ずっとそれ言ってるね」ハルミは微笑む。「私は人と関わる仕事がいいなあ。花が好きだから花を売る販売業がいい」


「まあ心配しなくても俺の適職は事務職だと思うけど」柏木は力なく微笑む。


この後、全員、市の職業規定センターに移動しそこで一人ずつ告知を受ける。その後同級生で集まり、報告会兼お祝い会をするわけである。




大きな会議室の中に集められ一人一人呼ばれ出ていく成人たち。


そうこうしてる内にとうとう柏木の番になった。

柏木はハルミの方を見る。お互い軽く頷いて、そして出て行った。


スーツ姿の職員に先導される。廊下を進んでいくと非常灯がある。入り口と反対側に非常口があるんだな。

一つのドアの前で「こちらです」と言われる。

柏木はドアをノックして入る。

殺風景な一室にテーブル、椅子、そして職員がいる。職員の後ろにはドアが二つ。柏木は促され椅子に座る。



「えーと、あなたは柏木サイキさんですね」


「はい」いよいよだ。


「あなたはー、特殊ですね。左のドアから出て行って下さい。そこでまた別の職員がいます」


「特殊⁉」


それは考えもしなかった答えであった。「特殊」とはそれこそ稀で特別な職業を意味する。



柏木は促されるまま左のドアを出ていく。すると右のドアの進路とは完全に分かれた廊下があった。

廊下の先にはまた別のドアが数個見える。廊下には窓もなく閉鎖的で嫌な感じだ。



数個のドアの内一つが開いた。

「柏木君、こっちだ」結構な貫禄のある男性が呼ぶ。

柏木は部屋に入った。ドアはしっかりした作りだ。


部屋には二人の男性がいた。一人はさっきの男性、もう一人は落ち着いた様子の中年男性。テーブルを挟み椅子がある。ここにはドアは入ってきたドアしかない。窓もない。


柏木はまた促され椅子に座る。


「柏木サイキ君だね。私は職業規定機構の支部長である萩原だ、こちらは隅田さん。よろしく」ひげを蓄え貫禄のある男性が答える。


職業規定機構の支部長だって? それってここのトップなんじゃないのか?


「よろしくお願いします……」


「前置きなしに始めるが君の職業はかなり特殊だ。特殊中の特殊で守秘義務も存在する。だから心して聞いてほしい」


柏木の心臓はかなりの早鐘を打っていた。



「……君の職業とは犯罪者だ」



「……はっ?」



「驚くのも無理はない。これは世間に非公表の職業だからだ。機構の人間でも知っている人間は少ない」

支部長は後ろに立っている男を見やる。

「詳しくは本職の隅田さんに頼む」


支部長は後ろの男と席を変わる。


「初めまして。隅田です」


「……初めまして」


「まず成り立ちから喋ろうか。飲み込むのに時間がかかるだろうから。

職業規定法により殆どの人間は適職に就くことができるようになり社会は安定し犯罪も大幅に減少した。しかしここで一つの問題ができた。それは犯罪に対する人間の仕事の消滅の危機だ」


「仕事の消滅?」


「そうだ。警察、検察、警備員、防犯設備の会社。それらの職業が消滅の危機に瀕した。なくなりそうならなくせばいいと思うだろうが、ことはそう単純じゃない。そうすると犯罪に対する社会の抵抗力がなくなってしまうからだ。

犯罪が完全にゼロになるならいいが、そうはならない。人間の体に例えるとウイルスや細菌に対する抵抗力がゼロになってしまうのと同じだ。人間がウイルスや細菌の抵抗力がゼロになると、一つのウイルスで人間全体が滅亡してしまう可能性も出る。我々の職業、公的犯罪者は社会の抵抗力を消さない為の公的ウイルスとでも考えればいい」



「公的ウイルス……」分かったような分からないような。


「まあ心配することはない。犯罪と言っても人に危害を加えるわけじゃない。小さいものなら万引きとか」


「万引き⁉」


「大きいものなら破壊工作とかだ」


「破壊工作⁉」


「ああそうだ。我々は公的テロリストでもある」


柏木は支部長の方を見た。これは本当の話なのか。

しかし支部長は黙ってこちらを見ているだけだった。

どうやら本当の話のようだ。



「いやでも僕は今まで犯罪なんかしたことないですが……」


「いや、その方がいいんだよ。寧ろそうじゃないとダメだ。我々は仕事で犯罪をするわけであって、欲の為犯罪を犯すわけじゃない。犯罪をしたことない人間にこそ、この仕事の適正がある」


「適正……」


「DNA分析による適正審査は確かだ。君は建物に入った時に無意識に非常口を確認したりしないか?」


「!それは……」


「我々はみんなそうなんだよ」隅田はニヤリと笑う。「普通の人間はそんなことはなかなかしない」


柏木はまだ頭が追い付かない。


「大丈夫だ君はやっていけるよ。断る自由はあるよ。但しホームレスになるしかないがな。そしてホームレスになったとしても守秘義務は存在する」



選択肢はそもそもないか……。受け入れるしかない。



「……。分かりました。やります」


隅田は立ち上がり右手を差し出す。

柏木は力なく右手を差し出し、握手を交わした。


「あと一個言っておかなけばならない。仮に犯罪行為が見つかって捕まった場合、我々は裏から手をまわしてなかったことにできる。しかし例外がある。それは知り合いに犯罪行為が見つかった場合だ」


「知り合い……」


「そうだ。犯罪行為が見つかった後も捕まらず社会生活を続けているのが分かったら、我々の存在が社会の明るみに出るからな。そこだけはくれぐれも気を付けてほしい。この職業は親兄弟、結婚相手にも秘密にしなければならない。

親や友達には事務職に決まったと言えばいい。実際我々はその体で働いているからな」


結婚相手もか。これは大変だ……。



柏木は書類にサインをして部屋を出て行った。






職業規定センターの建物を出たところの広場では大勢の成人たちが賑やかに報告しあってる。

柏木は一人、呆けた顔をしていた。



「サイキー」ハルミが見つけてやって来る。「どうだった?」


「俺はー、事務職だったよ」努めて平静を装う。


「そうなの。よかったじゃん。私はかなり特殊だった」

ハルミは興奮しているように見える。


「……特殊?」



「私ね、刑事だったの」


「刑事ぃ⁉」


「そう。私も驚きだった。でも話を聞いたら適性が分からなくもなかった。犯罪を許さない気持ちは人一倍あるしね。これから二人、一緒に仕事頑張っていこうね」




「……うん」













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