第11話 英雄的死に方
加賀谷ソウジには一つの夢があった。それは英雄的死に方をすることであった。
加賀谷は持たざる者だった。友達もいない、彼女もいない、お金もない、これからの人生に希望もない。そんな加賀谷にとって「生」に意味を見出すには、「死」が特別なものでなければならなかった。
加賀谷にとって理想の死に方とは誰かを救っての死。漫画なんかでよくある車道に飛び出した子供、駅のホームから線路に落ちた子供を救って自分は死ぬ、というアレだ。
その理想の死に方のチャンスが今まさに来ようとしていた。
駅のホームに一人の小さな子供がフラフラと歩いていた。ホームのギリギリのところを行ったり来たりしていてかなり危なっかしい。周りを見渡しても親と思えるような人は見当たらない。そもそもホームに人が少なくその子供に気付いてる人間はいない。少し離れたところにわいわいと雑談をする若者のグループがいるだけだ。若者のグループは男女混合で自分たち以外誰も存在しないかのように話している。
相変わらず小さな子供はフラフラと危なっかしい。加賀谷は子供に注意したりなどしない。加賀谷は思っていた。これはチャンスだ。人生で最初で最後くらいの。夢である英雄的死に方のチャンスだ。
子供は白線の外側でフラフラと歩き、今度は下の線路を覗き込んだ。もうそろそろホームに通過電車がやってくるころだ。加賀谷の胸は鼓動が速くなる。加賀谷は周りを見渡す。まだ誰も気付いていない。
そしてまた子供を確認しようとしたら子供の姿がない。加賀谷は下を覗く。すると本当に子供が線路に落ちていた。意識があるのかないのか動いていない。
ホームにメロディが鳴る。本当に電車がやって来る。
これはチャンスだ。
しかし実際にその時が来ると、助ける為に動く、ということができない。わなわなしてしまうだけだ。いやここで動かないでどうするんだ。こんなチャンス最後だぞ。線路の遠くにはやって来る電車の姿がもう見えていた。勇気を振り絞って加賀谷は動く。持っていたバッグを投げ捨て線路に飛び込んだ。そして線路を走り子供の所へ駆ける。子供は意識を失っているようでぐったりとしている。持ち上げるにはなかなか重労働だ。しかしなんとかかんとか子供をホームの上に引き上げることに成功した。電車はもうすぐそこに迫っている。加賀谷は夢を成し遂げた達成感と死への恐怖が入り混じったまま、そこに硬直していた。
とその時、時間が止まった。
比喩ではない。本当に時間が止まっていた。やって来る電車が止まっている。世界は色を失い灰色になっていた。なんだこれは。死の前の超感覚みたいなものなのか?
その時一つの光が加賀谷の前に舞い降りてきた。そしてその光が語りだした。
「あなたの英雄行為。素晴らしいです。本当ならあなたはここで死ぬ運命ですが、特別に助けてあげましょう」光はそう言うと、パッと消えた。
時間が動き出す。
加賀谷が気付くと若い男性二人に担ぎ上げられていた。ホームに体を引き上げられる。加賀谷を助けた若者二人もサッと体をホームに引き上げる。そのすぐ後電車がゴーッと轟音を立て高速で通り過ぎる。
「大丈夫ですか?」若者が話しかける。
「……、ああ……」加賀谷は気のない返事をする。
「二人共大丈夫?」興奮した仲間の女性たちが男性たちに話しかける。
「うん、俺らは大丈夫」
「全くほんと無茶するんだから」
若者たちは興奮気味に会話を続けていた。
持たざる者である加賀谷は、加賀谷よりも遥かに色々と持っているであろう若者たちに助けられる、という地獄のコンプレックスを持って、これから生きていかねばならなくなった。
了
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