第17話 あなたといた時間
あなたは街を歩く。そして後ろを振り返る。そこには誰もいないのに。
あなたは港沿いの公園のベンチに座っている。女性と二人で。
「今日はほんとに楽しかったわ」女性は夜に揺れるさざ波を見ながら微笑む。
「そうか、それは良かった」あなたはまんざらでもないという笑みを浮かべる。
「こんな時間が来るなんて思いもしてなかった。だって黒川さんにはあの人がいたから……」
「その話は止めておこう」あなたは女性から目線を反らす。
「そうだったね……」女性は何かを察した。
あなたは女性の手を優しく握る。
女性もまた微笑みながら握り返す。
あなたは満員電車で揺られている。通り過ぎる街並みをボーっと眺めるその目は眠気でぼんやりとしている。あなたは駅で降り、会社までの道を歩く。
「おはよう!」昨日の女性が後ろから話しかける。
「おお、おはよう」あなたもそれに返す。
二人で話しながら会社までの道を歩く。
角からやってきた一人の男性がこちらを見つけやって来る。あなたの先輩が合流してきた。「おはよう。お前ら朝から仲がいいな」
「おはようございます」笑顔を維持しながらもあなたの顔は少し強ばる。先輩の言葉には少し含みがあったからだ。
「おはようございます!」女性側の声は明るい。先輩の「含み」には気付いていないようだった。
休日の昼、あなたは女性と賑わう街を歩いていた。
「黒川さんは昼、何が食べたいですか?」
「何でもいいよ美里が好きなもので」
「またそれ、黒川さんが決めてくださいよ」女性は少しむくれる。
「そうか。そうだなあ何がいいか……」あなたは立ち止まり考える。
しかし瞬時に顔つきが変わり後ろを振り向く。
「えっ、どうしたの?」女性はあなたのあまりの表情の変わりように驚く。
あなたは後ろを振り向くがそこに誰もいないことを確認する。
「いやちょっとな。昔の知り合いを見かけた気がして……」
「かなりの変わりようでしたよ」女性は不安げになる。
「いやいやごめん。気のせいだった。さあ昼飯にしよう」
あなたは家に帰る。すると家の電話に留守電がきていることに気付く。
あなたは表情を変えずに再生ボタンを押す。
「ユウジ君。橋田です。今日も沙世がよく行っていた場所で捜索してました。またユウジ君も何か気付いたことがあったら教えて下さい」
留守電のメッセージは終わった。しかしあなたの表情は少しも変化しない。
今日あなたは会社の先輩と居酒屋に来ていた。
ひとしきり仕事の愚痴を言い合う。
「でどうなんだ? お前は今、加納と付き合っているのか?」先輩は溜めていた言葉をやっと口にしたかのように、神妙に切り出した。
「いやいやそんなことないですよ。ただ仲がいいだけです」あなたはごまかす。
「まあ別に付き合ってたっていいんだが、あまりおおっぴらにはしない方がいいぞ。橋田が失踪してからそんな経っていないからな。色々と揶揄する人達もいるし」
「そうですか。気を付けます……」
「……それで何か橋田の情報はないのか?」
「いや何も聞かないです……」
居酒屋からの帰り道、あなたは先輩と別れ一人で歩いていた。繁華街から少し離れて不意に人の少ないスペースにたどり着く。あなたは何かが気になり、瞬間バッと後ろを振り返る。しかしそこには誰もいない。あなたの眉間には深い皺が寄る。
あなたはタンスの奥から一つのファイルを取り出す。ファイルの中に入っているのは一枚の新聞記事だけだ。
それは中学生の集団がホームレス狩りと称し、ホームレスを集団暴行したという記事だった。被害者は死亡には至らなかったものの重傷になり、当時かなりの社会問題になった。
あなたはその新聞記事を戒めとして保管していた。以前は安易に本棚に並べていた。だから見られてしまっていたのだった。
あなたは自宅のベッドで女性と眠っていた。女性はすやすやとよく眠っている。あなた半分眠っているような起きているような状態だった。
しかし急にバッと跳ね起き、部屋の一角を凝視する。何度も目を擦り一角を見る。しかし暫くすると布団を被りあなたはガタガタと震え出した。
あなたは車を走らせていた。しかし向かっている先は会社でもなく、女性の家でもなかった。都市部とは真逆の山間部へと向かっている。
一つの山に着いたあなたは、折り畳みのシャベルをバッグに入れ、車を降り山奥へと歩き出す。鬱蒼とした木々の茂みで人影は全然見当たらない。気温は高く、暑さにあなたの額には汗が流れる。
そしてあなたは目的の場所にたどり着く。そこは半年程前に来た場所だった。
あなたはシャベルを取り出し土を掘り返す。一心不乱に。三時間程掘っていると漸く目的の物にたどり着いた。
あなたは手に軍手を嵌め丁寧に土を掘り返す。
そしてあなたは、腐った私の顔に出会う。
あなたは震える手で線香を取り出す。
私はそこで叫ぶ。
◆ ◆ ◆
警部は効き目の悪くなったエアコンの温度設定を上げるため、取調室のエアコンのスイッチを取った。
そして警部はまた椅子に座る。
「それで動機は何だったのかな?」
「……動機は別れ話を切り出した時に過去の私の事件を全員にバラしてやると言われたからです」黒川は死んだ目で語る。
「こんなこと言ったら変になるけどあなたも変わっているねえ。死体が出てきた訳でもないのに自首してくるなんて。だったらなんで死体遺棄したのかって話しだよ」警部は心底不思議な様子だった。
「……言っても信じてもらえないと思いますが、ずっと見られている感覚があったんですよ」
「見られている?」
「殺した彼女にです。そのうちとうとう姿が見えてきて……、現場に行き、線香を上げて弔ってやろうとしたら声が聞こえて……。そこでもう限界になったんです……」
了
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