第6話 悪意のカケラ
「えっ、……」
茶髪でトートバッグを持った女子高生が紙コップをポイっとこちらに捨ててきた。
女子高生は何もなかったようにそのまま歩いて行く。
棚田ハルキは呆気にとられる。
人がいるのを気付いてなかったのか? 何にしろ最近の若者のマナーはなってない。
そう思いつつ歩いているとまたゴミを投げつけられた。今度は五十代位のスウェットを着た男だった。
その人間も何事もなかったかのように歩いて行く。
驚きだな。今の社会のマナーはどうなっているんだ。
しかしゴミを投げつけられる行為はそれで終わらなかった。
日にちを置いてまた別の日にもゴミを投げつけられる行為が続いた。
今日でその行為は一ヶ月になった。投げてくる人間は皆、別人。知らない人間だ。
何なんだこれは。俺は透明人間にでもなったのか。しかし歩いていると前にいる人間はよけるので、他人に見えていないわけではない。
今日なんかは中身が入った紙コップを投げられた。いつものように投げた人間は全然知らない人間で、まるで俺がいなかったかのように去っていく。
棚田ハルキはマンションのすぐ横にある公園のベンチで濡れた体を拭いていた。
と、そのベンチのすぐ横でガシャーンと強烈な物の壊れる音がした。
鉢植えがマンションのベランダから落ちてきた。すぐに上を見上げるが誰も人影はいない。
こんなの偶然のわけがない。このままではいつかとんでもない目に遭う。
何とかしなければ。
今日も棚田はゴミを投げつけられた。
しかし今日は覚悟をしてきた。
棚田はゴミを投げつけてきた三十代ぐらいの男性にいきなりつかみかかった。
「おい! 何でゴミを投げつけるんだ?」
「なんだなんだ! 知らないよ」男は狼狽した声を上げる。
「俺を狙って捨てたんだろう!」
「知らないよ。偶然だ」
「白を切るなら、こっちも容赦しないぞ」
棚田はポケットからナイフを出す。
「おいおい勘弁してくれ。分かったよ落ち着け」
男は心底驚いているようだ。
「俺はサイトに乗っかっただけだ」
「サイト?」
思ってもみなかった答えだった。
「『標的サイト』ってのがあるんだよ。そこであんたは標的になってる」
「標的サイト?」
「そうだそこで標的になってる人間になんか嫌がらせをするとランダムでお金が貰えるんだ」
「そんなものが……。そのサイトを教えろ」
男に教わったサイトを探してみた。ページにはパスワードを入れないと見れないようになっている。
棚田は男から教わったパスワードを入れる。
すると『標的サイト』なるものがあらわれた。
そこには標的にされてる人間の個人情報、そして参加者がアップロードした標的の後ろ姿が上がっていた。
なるほど、これが、自分が嫌がらせをしたという証拠になるわけか。
参加者にはランダムで登録者から報酬が貰えるらしい。
一人一人は大したことをやっているわけじゃない。しかしそれが集まると人を心底追い込むことになる。下手すれば命までも。
そしてページを辿っていくと自分のページに突き当たった。
そこには俺の顔写真、住所、使う沿線まで書いてあった。恐ろしさに身震いがする。
こんな登録は俺のことを知ってる人間じゃないと無理だ。
棚田には一人心当たりがあった。
それは前の職場にいた奴だ。仕事のダメ出しを逆恨みして、色々と俺に嫌がらせをしてきた奴。あいつだ。
♦ ♦ ♦
呉山トシロウは今日もスマホで標的サイトを覗いていた。
棚田の後ろ姿が俺にとって何よりの楽しみだ。さて、今月の報酬は誰にするかな。呉山はニヤニヤとしながら眺める。
と、その時いきなりゴミが飛んできた。
茶髪でトートバッグを持った女子高生がゴミを投げつけてそして去っていった。
なんだなんだ、最近の社会マナーは一体どうなっているんだ。
了
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