第19話 思考盗聴
誰かが、或いは複数の人間たちが俺の思考を盗んでいる。
ずっと俺の思い込みだ、とそう思うようにしてきた。しかし最近はもうその思いを否定することが難しくなってきた。
そんなことを言っても自意識過剰なだけ、と思われることだろう。実際俺も他者が言っていたら同じことを思う。だが否定できない状況が続いたのだ。
ある時、俺が外を歩いていると車道を走る車が水溜まりを走り過ぎた。そして歩道へと水しぶきが舞い、それが歩いている俺の足にかかった。
怒りに見舞われた俺は頭の中で「クソがッ!」と叫んだ。すると歩道の向かいを歩いていた中年の女性が急に怯えた顔をして走り去って行ったのだ。
出来事はそれだけではない。
ある時、自動販売機でジュースを買っていると、番号が揃いもう一本貰えるという表示が出た。俺がもう一本は何にしようかと考えていると、直ぐに時間が来て表示は消えてしまった。ボタンを押しても反応しない。俺は怒り、ガツンと自動販売機を叩いた。
すると後ろを歩いていた老人が俺を見て、一目散に逃げていった。
まだある。俺が本屋で立ち読みをしていてこの本を買いたいなとなった。そして財布を見るもお金が少し足りない。金を家に取りに帰るのもめんどくさいので万引きをしようかと周りを眺めた。すると本屋の客数人が同時にこちらを見た。その後客たちは何かを確認するかのようにお互いを見た。俺はその光景に焦り、急いで本を投げ捨てその場を逃げた。
これは決定的だ。疑いようもない。
俺の思考は盗まれている。
でもまだ自分にはそんなことあり得ないだろう、偶然だろうという気持ちもゼロではなかった。
そんな日々を悶々と過ごしていたが、今日はもうこの考えに決着を着けようと決めた。思考を盗み見している奴を取っ捕まえて、白状させてやるのだ。何の為にそんなことをするのか。
頭が痛い。ズキズキとした頭痛がたまにやってくる。これも奴らのせいなんだろうか。
俺はいつ以来か分からない位、久々に電車に乗った。夕方のラッシュの一番混んでいる時間帯だ。
ホームで待っていると時間が来て電車がやってくる。俺は列に並びそのまま電車に乗り込む。電車内はぎゅうぎゅうとは言わないが、かなり混んで密集している状態だ。
俺はそこで試してみることにした。
頭の中で「ウアアー!」と叫んだ。電車内の人間全員驚き振り向くだろうと思った。がしかし誰も反応することなく、それぞれが携帯をいじったり、スポーツ新聞を読んだりしている。
俺はもう一回「ウアアアー!」と頭の中で叫んでみる。
しかし誰もこちらを見ないし、ビクッとする様子もない。
これは一体どういうことなんだ?今日だけは思考を盗まれていないのか。それとも……全部俺の勝手な妄想だったのか?
電車がターミナル駅に着き、大量の乗客が流れるように降りて行く。俺もその流れのまま降り、そのまま人が行き交うホームで呆然と立ち尽くしていた。
俺の考えはただの妄想だったのか。それは何故か強い失望感を与えた。
そんな時、ホームを急ぎ足で歩く中年男性が俺にぶつかってきた。俺の肩が揺れる。
「ボケッとしてんな!」中年男性は俺にそう吐き捨てて、進んで行こうとしていた。
俺はその言葉でブチリと何かが切れた。無言で中年男性に駆け寄り肩をガシリと掴む。中年男性は驚きの顔で振り返る。
その時、ホームにいる人間全員が一斉にこちらを見た。見たこともない位の視線の集中線が刺さる。
そしてホームにジリリリとサイレンが鳴る。
「緊急事態発生。駅員は速やかに対処して下さい」構内放送が伝える。
しかし駅員を待つまでもなく、俺の周りにいた複数の男性が俺を取り囲み掴みかかり、俺は地面に押さえ込まれてしまった。地面の砂が顔に着く。身動きは取れない。
やはり思考は盗まれていた。しかし何故なんだ。何故俺だけがこんな目に……。
20XX年、国は度重なる再犯者に対して特別な処置をすることに決めた。それは再犯者の脳内にチップを埋め込み、犯罪を犯すような脳波が表れた時に、一定の周波数の電波をそのチップから発するようにした。
そしてその周波数を拾う機械を持っていると、振動をするように出来ていた。このシステムにより多くの犯罪が未然に防がれるようになった。
しかし、脳内にチップを埋め込まれた再犯者が、記憶喪失になることは全く想定されていなかった。
了
消灯諸島(ショートショート集) 影山洋士 @youjikageyama
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