第14話 無敵の人間



「無敵の人間ってどんな人間だと思う?」


 悪魔は私にそう言った。



 俺の夢は地上最強の人間になることだった。そのために体を限界まで鍛え続ける生活をしていた。しかしどんなに努力して鍛えても格闘技の試合でトップになることはできなかった。トップに行くには努力だけでなく生まれ持った才というものが必要なのだ。

 そして俺はとうとう悪魔との取引に手を出した。怪しげな古物商から悪魔の住むという壺を買った。藁をも掴む思いだった。

 しかしながら本当にその壺には悪魔が住んでいたのであった。


「お前が求めるものはなんだ?」

宙に浮いた悪魔は俺に問いかける。


「俺を地上最強の人間、無敵の人間にしてくれ」


「ほう、無敵の人間ねえ」


「そうだ」


「では無敵の人間とはどんな人間だと思う?」


「それは誰にも倒されない肉体的強さを持った人間だ」


「それでは体を鉄板で覆いつくそうか?」


「いやいやそういうことじゃない。あくまで人間のままで最強になりたいのだ」


「人間のままで死なない体になりたいのか?」


「死なないというのもちょっと違うな。誰と戦っても負けない。そういう体になりたいのだ」


「それなら簡単だ。身体能力を世界で一番にすればいいんだからな。しかしそれでは銃で撃たれたら死んでしまう。そんなのが無敵の人間なのか?」


 悪魔の言葉に俺はたじろぐ。そんなことは想像もしてなかった。しかし確かにその通りだ。銃弾一発で死ぬ人間のどこが無敵の人間なのか。



「いいことを教えてやろう。無敵の人間とは認知されない人間なのだ」


「……認知されない? それは透明人間のようなものか?」


「いいや違う。他者に認識はされる、しかし認知はされない。例えるなら路傍の木と同じだ。道端に木があったら避けるがそれを特定の木と認知することはできない。それならばお前は誰からも狙って攻撃されることはないのだよ」


「なるほど。納得した。ならば俺を認知されない人間にしてくれ」


「いいだろう。代わりにお前の寿命を三十年いただくとする」



 無敵と引き換えに寿命三十年なんて安いものだ。俺は悪魔と契約した。



 そして男は他者に認知されない人間になった。認識はされるが認知はされないとはどういうことなのか。試しに男は街中でガラの悪い人間に対して喧嘩を売ってみた。そうすると相手は喧嘩を売られていることには気付く。しかしこちらを攻撃することはできない。個人を認知せずに敵意を持つことはできないのだ。相手は結局不思議だという顔をして去っていった。


 男はレストランに入り注文をする。客として認識はされるので対応はされる。しかし男が料金を払わずに出ていっても何も言われない。認知できない人間に対して特別な感情を持つことはできないのだ。

 男はあらゆる世界のしがらみから自由になったのだ。想像していた無敵とは少し違うがこの解放感は至高以外の何物でもなかった。当然個人として認知されないので他者とプライベートなコミュニケーションをとることはもうできない。しかし男にとってそれはしがらみからの解放感とは、比べようもない些事だった。


 男は自由を謳歌した。食べたい時に食べたい物を食べ。街中でいきがっている人間は殴る。しかし反撃はされない。これこそ無敵であり真の自由だ。


 そんな日々を過ごしている中、男は突然街中で倒れた。腹部に激痛が走ったのだ。内臓の奥からの痛み。痛みは一向に治まらない。


「誰か救急車を……」

男は弱々しく叫ぶが誰にも相手をしてもらえない。個人を認知せずに、救急車を呼ぶという特別な行為はできない。


 男は仕方なく自分で必死に病院へと歩く。這う這うの体で病院へとたどり着いた。

病院では普通に対応される。しかし、医者に患部を診てもらうことはできない。個人を認知せずに治療することは不可能だからだ。

 医者は結局首を傾げつつ次の患者を呼んだ。



 無敵の男はその場に倒れて死んだ。手術をすれば治る病気ではあったのだが。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る