陸奥の桜 3-6

南部信直、九戸政実、八戸政栄の三者が会談した翌日、三戸城では再び、後継者についての話し合いが行われた。

「では改めて、皆様意見はまとまりましたか」

信愛の問いかけに集まった全員が頷く。

「信愛殿、私からいいですかな」

政栄が声をあげると、大広間の雰囲気は緊張感に覆われる。

「私、八戸政栄は、南部信直殿を南部家の後継者に推薦する」

思わず「おおっ」という声があちこちから漏れる。

「それは八戸家の総意と受け取って構いませんか」

「無論」

政栄が頷き、横では弟の新田正盛(にいだ まさもり)も渋々ではあるが、頷いていた。

「しかし、九戸政実殿にも意見があるのでは」

慌てて長牛友義(ながうし ともよし)が言葉を挟む。

大広間全員の目が、背を伸ばして座る政実に向けられた。

政実は仏像のように静かに座っている。

少しの間、政実は黙っていた。

胸を上下させ、息を吸い込んだ。


「私は構わぬ」

またしても、どよめきが広がる。


「ただし!!!」


政実は響き渡る声で、どよめきを打ち消す。

「今度生まれる殿のお子が男子であれば、弟を後見人とさせたい」

南部晴政には忘れ形見が一つあった。

子どもだ。

身分の低い側室が子どもを孕んでいたことが、晴政の葬儀中に分かったのだ。

しかし、まさかまだ生まれる前の赤子を惣領に据えるわけにはいかない。

この場にいた者たちは皆思った。


九戸政実は賭けに出た。


生まれてくる子どもが、男子なら弟の実親が後見人となり、南部家中に九戸党の力を強めていくことが出来る。

しかし、女子ならばそれは成り立たない。

女子の場合以外にも、子どもが無事に生まれるとも限らない。

分の悪い賭けだ。

賭けに敗れれば、九戸党は今の対等な関係から、本家に従う主従の関係となるだろう。

北信愛は主人を見た。

信直はまっすぐに政実を見据える。

政実も真っ向から見つめ返す。

「分かりました。ぜひ、実親殿には後見人をお願いしたい」

信直は同意した。

他の者たちも慌てて同意する。

「では、南部家の後継者は南部信直殿とする。

これに依存のある者は」

政栄の問いかけに返事はなかった。


ここに南部家第26代当主南部信直が誕生することとなる。



「信直様、おめでとうございます!」

部屋に戻ってきた信直に、直義が顔を赤くして声をかける。

「直義、もう知っているのか」

「悟から聞きました」

悟はけろりと澄ました顔で答える。

「俺は高信様から」

「父上の口の軽さには驚くな」

「軽くて大きい口ですからね」

「蛙のようだな」

信直は笑みを漏らす。

一方で信愛は真剣な顔をしていた。

「あのような提案をしてくるとは、根っからの勝負師です、あの男は」

「別に構わない。生まれてくる男子が惣領たる器かもまだ分からぬ」

「もし、器が備わっていた場合は、争いの火種となりかねませんぞ」

「その時は、その時で対処する」

信愛はまだ納得がいかないようだが、信直は手で制した。

「あの男は、南部家が狭いのだ。

もっと大きな世界で、思う存分生きたい。

そういった思いが昨日は垣間見えた。

だから、九戸党の力を強くしようとするのだ」

悟は難しそうな顔をした。

「政実さんが自由に憧れていることは分かりましたけど、それなら南部家を出て織田信長とかの元に行ったら駄目なんですか?」

信直は首を振る。

「彼には九戸党という養うべき存在がある。

それがある限りは、好きには生きられない」

「弟の実親さんとかに任せたらどうですか?」

「彼の性格上無理だろうな。

もっと気楽な性格なら、それも出来ようが」

「難しいですね」

「難しいのだ。人の生き方とは。

先の見えない道を一歩ずつ歩くしかない。

それが正しいのか、正しくないのかは死ぬまで分からない。

自分を信じるしかないのだ」

「俺も自分を信じてみましたよ!

そしたら、善兵衛さんや信直様や直義とも会えました!!」

信直はにっこりと笑う。

「そうだ。お前がそう思えるなら、それが正解だ。そして、私も正解だと思えるように、生きていこうと思う」

「信直様はこれからでございます」

信愛がようやくいつもの穏やかな顔に戻った。

「ああ。これからは本と饅頭の生活も出来なくなるな。忙しくなる。皆、頼むぞ」

「「ハッ!」」

「はい!!」

1人だけ違う返事をした悟は、3人をキョロキョロと不思議そうに見た。

直義がおかしそうに笑う。

信直と信愛もつられて笑った。

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