群雄割拠 2-1
悟は南部信直の小姓となったが、主な仕事は雑用だった。
掃除、洗濯、飯炊き、買い物など。
信直は基本的に部屋に篭って、歴史書ばかり読んでいる。
ご飯を届けに行っても、本に夢中で返事をしない時がある。
盆を回収しに行くと、皿は空になっているので食べてはいるようだ。
主君というよりは、ダラシない兄が出来た気分になっている。
信直本人も、よく言えば大らか、正直にいうとぐうたらな男で、この時代に慣れていない悟にも、のんびりと接してくる。
悟は一人っ子で、両親が共働きなので、家事など周りの事は自分でこなしていた。
だから、信直の小姓としての生活は新鮮で楽しかった。
ひと月ほど経ち、夏の暑さにも終わりが見えた頃、信直から部屋に呼ばれた。
「色々探してみたが、やはり時代を越えた人間なんて話はなかった」
信直は真面目な顔をして、そう言った。
「信直様、俺が未来に帰る方法を探してくれてたんですね!!」
ただ飲み食いして、本を読むだけの男という認識を悟は改めた。
「世の中の大概のことは、既に過去に起きているものだから、今回の件も起きているだろうと思ったが、当てが外れた」
悟はそう言われても、ガッカリすることはなかった。未来でも記録に残っていないのだ。
この時代の記録になくても、おかしくはない。
信直は首を傾ける。
真面目な顔をしているが、どこか楽しそうにも見える。
「死んだ人間が蘇るとかはあるが、悟、お前実は未来で死んではおらぬか。
死んでいるなら、もう一度殺めれば、未来に戻れるかもしれん」
悟は慌てて手を振る。
「だから、言いましたよね!!
掛け軸に飲み込まれたって!
俺がここにいるのは、その掛け軸を探すためですよ!!」
信直は驚いた顔をする。
「そうだったか!そういえば、そんな事を言っておったな」
信直はカラカラと笑った。
悟は、見直した信直の認識をもう一度見直すことにした。
悟が文句を言っていると、部屋の外から声がかけられた。
「直義か、どうした?」
直義は信直の小姓で、悟とも年が近いので仕事のことを教えてもらっていた。
真面目で優しい性格なので、新しい友達ができたようだった。
「信直様、善兵衛殿が来ました」
「流石に早いな」
部屋に善兵衛と直義が入ってきた。
善兵衛は悟を仕官させた後は、商品を仕入れに行くと言って、どこかへと出掛けていた。
「よお!悟、元気そうだな!」
善兵衛は入ってくるなり、ワシワシと頭を乱暴にかき回した。
久しぶりで嬉しくなるが、信直の手前ということもあり、軽く挨拶するだけに留めた。
「どうだった、南は。いい商品は手に入ったか?」
信直の問いに、善兵衛は姿勢を正して答える。
「はい。宝の山だらけでしたよ。
世の中は賽の目のように、ころころと変わっております。
味方同士が敵となり、敵同士が手を組む。
仲間と思っていた者に背を刺される。
そういったことばかりです」
「怖い時代だな。
直義、地図を広げてくれ」
控えていた直義が地図を広げる。
地図には、全国地図に大名の名前と矢印などが記されていた。
「まずは、織田家から。
将軍足利義昭公が、織田信長の元を訪れたとの知らせがありました」
「ほう。これで信長は上洛する大義名分を得たな」
「はい。松永久秀が密かに動いています。
久秀は今、三好三人衆との戦いの最中。
信長の助力を得るのが目的ではないかと。
信長は妹を浅井家に出して、同盟を結んでおります。一気に動くことでしょう」
岐阜の織田という矢印が京都へと向いていた。
「次に、武田、今川の動きですが、武田家と今川家の同盟が近いうちに破棄されるでしょう」
武田、今川、北条を結んだ三角矢印の一つに×印がつけられた。
「今川氏真は、上杉謙信と結んで武田と敵対する道を選びました。
そして、松平、いえ徳川家康の動きもあります。
彼は駿河にまで勢力を伸ばしつつあり、彼の動きを信玄は見過ごす訳にはいかないでしょう」
「そうだな。甲斐国は豊かだが、海がない。
海の資源が豊かな駿河の国は是が非でも欲しいところだろう」
信直は地図を見て呟く。
これまでのボンヤリした雰囲気とは、また違う一面を見せていた。
「そうなると、織田と武田の同盟か?」
「はい。可能性は大いにあります。
今、勢いのある織田・徳川と戦うのは得策ではないと信玄は考えるでしょう。
今でも、上杉、今川と敵に挟まれている状況にあるのですから」
「我々南部氏もうかうかしてられぬな。
養父(ちちうえ)も鹿角郡(かづのぐん)奪還の為に、準備を進めている。
九戸政実(くのへまさざね)殿にも声をかけている。
南部家全力を挙げて戦うことになるだろう」
九戸政実の話は、噂でよく流れてくる。
南部家中一の猛将だ。
一度、三戸城に来ていたのを見たが、筋骨隆々の大男だった。
信直とはまるで違う。
「あの、信直様、聞きたいことがあります」
会話がひと段落したところで、質問をした。
「なんだ」
善兵衛のお土産の饅頭を口に詰めながら、信直は返事をする。
「信直様は、戦に出るのですか?」
「養父が出るのだ。もちろん、私も出る」
当たり前だという顔で答えたが、その細い身体はあまりにも説得力に欠けていた。
「失礼ですが、信直様、武芸は出来ますか?」
「人並みには出来るぞ!なあ、直義!」
突然の振りに、直義は慌ててカクカクと首を振る。
やはり説得力に欠ける。
「心配なら、悟も付いてくるか?」
「はい!!」
戦国時代に来たのだから、本物の戦いをこの目で見たいと思った。
悟は目を輝かせる。
「それなら、それまでに鍛えておけ。
指南役はつけてやるから。
厳しくとも、泣くなよ」
泣かないと文句を言う悟に、善兵衛が心配そうに声をかけた。
「大丈夫か。俺はお勧めしないなあ」
「大丈夫!!俺、運動神経はいいから!」
力こぶを作る悟を見て、信直が小さく笑った。
「善兵衛、悟も小さいながらも男だ。
悟の判断を尊重してやれ」
信直は、そう言って最後の饅頭を口に入れた。
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