群雄割拠 2-2

「イタッ!!少しは手加減してくれよ!」

悟は打たれた手首を押さえた。

「敵は手加減してくれませんよ」

にこやかに笑いながらも、指南役は厳しい言葉を吐いた。


北信愛(きたのぶちか)


信直が悟につけてくれた指南役だ。

悟の印象は、これといって特徴のない普通のおじさんだ。

正確には晴政の家臣だが、信直とも繋がりが深いらしい。

よく信直の元にも訪れていた。

その時は2人で何か話していたが、その時は場を離れるように言われていた。

信直が言っていた厳しい指南役という言葉は嘘ではなく、隙を見せると竹刀で遠慮なく叩いてくる。

悟も運動神経には自信があったが、文字通り叩きのめされて、全身痣だらけになった。

悟と同じく信直の小姓をしている直義も、信愛から指導を受けていたが、同じように叩かれていた。

直義と練習試合をすることもあり、最初は直義に手も足も出なかったが、最近では、かなり戦えるようになってきた。


ここのところは、秋風が寒く感じるようになってきた。

こちらでの生活にもすっかり慣れて、日の出と共に起きるのが当たり前となった。

悟はおじいちゃんの掛け軸をずっと探していたが、一向に見つからなかった。

何回か最初にやって来た場所に戻って、探してみたりもしたが、やはり見つからなかった。

善兵衛も伝手を当たってくれているが、いい報告は入ってこない。

「悟殿は大分腕を上げましたね。

直義殿も中々の素質のある子ですが、彼といい勝負が出来るまでになるとは、才能がありますよ」

稽古が終わり汗を拭いていると、信愛が声をかけてきた。

「ありがとう。けど信愛さんには、全然敵わないや」

「それは経験の差ですよ。

私はあなたより30歳ほど長生きしていますから、その差ですよ」

「なるほどね。じゃあどうしたら、その差は埋められるの?」

「毎日怠ることなく鍛錬することですね。

同じ事を毎日続けるのは、大変なことです。

結果が目に見えないものなら尚更のこと。

そうすれば自然と追いつきますよ」

信愛と直義と3人でお茶を飲み、一息ついた。

「信愛さんは、未来には興味ある?」

悟が未来から来たことは、自然と南部家中に広まっていた。

最初は奇異な目で見られることもあったが、信直や直義、信愛は気にせず声をかけてくれた。

そのおかげで、居心地の悪さを感じることはなかった。

「未来ですか。南部家が末永く繁栄しているといいですね」

「ごめん、それは分からないや。

俺が言いたいのは、誰が天下を取るとか、そんなことだよ」

「あなたがいた未来と、これから来る未来は異なるかもしれません。

だから、そこまで興味はありません」

そう言って信愛は、のんびりとお茶を啜る。

「ただ、あなたがそんなに話したがるということは、きっといい未来が来ているのでしょう。

その様子だけでも、私には十分です。

それに、先を知ってしまうと面白くありませんからね。

楽しみにとっておきたいのですよ」

そう言って信愛は笑った。

「じゃあさ、もう一つ聞いていい?

信愛さんから見て、信直様はどんな方?」

信愛は小さく笑う。

「遠慮のない子ですね。

南部家には殿、九戸政実殿をはじめとした武勇に優れた方はいますが、信直様は彼らとは別の面で優れていると思います」

「それはどんなところ?」

「言葉にするのは難しいですが、人をまとめる力ですかね。

それも武略や智略ではない力で、人をまとめる力があります」

悟はうーんと唸った。

毎日、本を読んで部屋に篭っている信直にそんな力があるとは思えない。

戦の準備をすると言っていたが、その気配はまるでないし、悟たちのように武術の稽古をすることもない。

「納得出来ないという表情ですね。

けれど、あなたもいつのまにか信直様のために働いていますよね」

「たっ、確かに」

「そのうち、あなたにも信直様の凄さが分かるようになりますよ」

そう言って、信愛は立ち上がった。

「2人とも時間ですよ。

そろそろ戻って、ご飯の支度を始めなさい」

直義が慌てて立ち上がった。

彼は本当に真面目だ。

多少時間が遅れても、信直は気付かないのだから焦る必要はないのに。

この時代は1日2食で、しかも夜ご飯はないので、慣れるまでは腹ペコで大変だったが、最近では体の調子が良くなっている気がする。

夜遅くまで起きていることなど出来ないので、嫌でも早寝早起きとなるからだ。


三戸城の信直の館に戻る2人は、前から馬が2騎駆けてくるのに気付いた。

片方は馬も乗っている男も大きい。

慌てて脇に避けた。

「兄上、そんなにお急ぎにならずともよろしいのではありませんか?」

「安東も待ってくれるのならな。

俺がいないと、皆、弱気になるだろ。

お前も含めてな」

大きな方の男が豪快に笑いながら、駆けて行った。


「あれは九戸政実殿だな。

南部家中一の猛将と言われているだけあって、豪傑の風格があるな」

直義が感心したように呟いた。

「信直様には、あの風格はないもんな」

悟の言葉に直義は頷いてから、慌てて首を横に振った。

「信直様には信直様の良さがあるぞ!」

「分かってるよ。直義をからかってみただけだよ」

悟が笑うと、直義は顔を赤くした。

「馬鹿なことを言ってないで、早く帰るぞ!」

慌てて走り出す直義の後を悟は追いかけた。

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