群雄割拠 2-5

長い陸奥の冬もようやく終わりが見えてきた。

悟は相変わらず、引き篭もる信直にご飯を持っていき、信直の着物を洗濯し、本の埃を取る毎日を送っていた。

ある日、悟は信直に聞いてみた。

「あの、鹿角郡(かづのぐん)の戦いは、どうしておきたのですか?」

信直は本から顔を上げて、腕を組んだ。

「未来から来たお前も、形だけでも合戦に参加するなら知っておいた方がいいな。

よし。教えてやるから、まずは茶を一杯。

それに饅頭だ」

悟が持ってきたお茶を啜りながら、話し始めた。

「鹿角郡は、大小様々な豪族がいてな。

それらを総称して『鹿角郡四頭(かづのぐんようとう』という。

いってみれば、先祖代々の土地をみんなそれぞれで守ってきたわけだ。

この豪族たちの力が強く、南部家が支配しているといっても顔色を見て、従っているに過ぎない状態だった。

そこに侵攻してきたのが、安東愛季(あんどう ちかすえ)だ。

彼は分裂していた安東氏を統一して、瞬く間に出羽をまとめあげた。

彼は更なる領土拡大を目論み、鹿角に手を伸ばしてきた。

鹿角郡の豪族たちは、これに乗った。

そして、鹿角郡の要所である長牛城に攻め込んできた。

こちらも必死に守ったが、安東勢の勢いは激しく長牛城を失う結果となった。

今回の戦の目的は、この長牛城の奪還だ」

「城の奪還ですか?

逆らった武将は倒さないのですか?」

信直は難しいと言いたげな顔をした。

「豪族たちは、土地に根付いている。

それをいくら逆らったからといって、簡単に殺しては土地を治めていく者がいなくなる。

民は長年同じ一族に治めてもらっていた。

それをいきなり余所者が、出ていって『ここは南部家のものだ』といって治めようとしても、上手くはいかないのだ」

悟はうーんと唸った。

悟がしていたゲームでは、倒した敵の土地を政治力の優れた武将に治めさせたら、すぐに上手くいっていたが、現実はそうはいかないみたいだ。

その事を信直に話すと、彼は笑った。

「『げーむ』とやらは分からんが、その通りだと思う。確かに、土地を治めていくのは、その者の力量が問われる。

だが、それだけではないのだ。

長年の慣習や名門の名といった目にみえないものが、その土地を支配していることが多い。

それを壊すには、とてつもない労力と時間がいる。

お前がよく話す織田信長は、それが出来る実行力と胆力があるのだろうな。

だから、一代で日の本の大半を支配出来たのだろうな。

私には、とても真似出来ないよ」

そう言って饅頭を頬張った。

「じゃあ、九戸政実はどうですか?」

信直は茶を飲んで、饅頭を吞み下すと、苦笑いをした。

「私の見立てでしかないが、政実殿は優れた武将であるが、織田信長のように大きな地域を支配するほどかというと悩ましいな。

彼は、織田信長みたいな男の元で、好きなように武を振るうことが出来れば、大活躍出来ると思う。今の南部家は、彼にとって少し小さい器なのかもしれないな。

少し窮屈そうに見えるな」

信直は、また饅頭に手を伸ばす。

悟は心の中で思った。

じゃあ、信直はどうなのだろうと。

最初は、ただ寝て食って、本を読むだけで優しいお兄さんくらいにしか思っていなかったが、過ごす時間が長くなるにつれて、信直のことを尊敬できるかもと思い始めてきた。

悟はこの時代の人間を多く見たわけではないが、信直は優れたリーダーに思える。

人のいいところを見つけて、そっとその能力を活かす場を与えてくれる。

そして、ポソっと褒めてくれる。

けっして大げさに褒めたりはしないが、そのさりげない一言がすごく嬉しかったことが、何回もあった。

確かに、武略などはなさそうだが、それは配下に武略に優れた者がいれば対応出来る。

そんなことがいつの間にか、顔に出ていたのか、信直が笑った。

「どうした?難しい顔をして。

慣れぬことをすると、体に悪いぞ」

からかう信直にムッとした顔を向けると、信直は楽しそうに笑った。

腹が立ったので、信直が食べようとしていた最後の饅頭に手を伸ばして口に放り込んだ。

「お前は楽しいな」

信直は怒りもせずに、まだ笑っていた。

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