群雄割拠 2-6
長い冬がようやく終わり、春の空を鳥が飛んでいた。
「あれは何の鳥でしょうか?」
悟は隣の主人に尋ねた。
「あれはメジロだな。これが現れると陸奥にも春が来たと感じるな」
信直は馬に乗っていた。
悟は信直の槍を持っている。
周りには、多くの軍兵が鎧の音を立てて、歩いていた。
人の多さに悟は最初圧倒されていた。
未来の東京も沢山の人がいたが、それとはまた違う。
鎧を身にまとった人々が揃って同じ動きをして、同じ方向に向かうのは、まるで映画のエキストラになったかのようだ。
もっともこれは、本物の戦いだったが。
南部家は、安東愛季の手に落ちた長牛城を奪還するために鹿角郡に向けて軍を進めていた。
その軍を二手に分けて、本隊を総大将として南部信直が、別働隊を九戸政実が率いる。
本隊は、来満峠(らいまんとうげ)を越えて、北から長牛城を目指し、別働隊は七時雨山(ななしぐれやま)を超えて、南から進む手筈になっている。
信直には副将として、北信愛と父親の石川高信がついていた。
九戸政実の軍には、長牛城の城主である長牛友義(ながうし ともよし)が先鋒としてついている。
長牛友義は先の戦いでは激戦の末に、長牛城を追われることとなった。
弟もその時に戦死しており、雪辱に燃えている。
兵数は本隊8000人、別働隊2000人の計1万人の大軍勢となった。
まさに南部家の総力を挙げた戦いとなる。
その筈だが、総大将の信直はいつもと変わらず、のんびりと構えていた。
「信愛さん。信直様は戦さの経験はあるの?」
近くで馬を進めていた北信愛に顔を上げて聞きに行くと、信愛はにこやかに笑った。
「分かりません」
「えっ⁉︎」
「本人が言わないので、私は聞いていません」
「それじゃあ不安にならないの?」
「戦場(いくさば)でも、普段と変わらぬあの様子を見ていれば安心します」
それにと信愛は続けた。
「総大将というのは、どっしりと構えてなければなりません。
どんな大敵であろうと、大将が胸を張って進まねば兵はついてはきません。
信直様も本当は怖いやもしれません。
けれど、それを顔に出さぬのは、大将だからです。
悟殿は信直様の側にいて、いつも通り声をかけてあげて下さい。
それが信直様の力となります。
あなたにしか出来ない役目です。
分かりましたね」
悟は思わず大声で「はい!!」と返事をした。
周りの足軽がクスクスと笑っている。
信愛の話し方は、学校の先生のようだ。
彼が現代に生まれていたら、先生をしていたかもしれない。
「どうした!チビ助!」
腹まで響く声が聞こえてきた。
ニヤニヤと笑いながら、近づいてきたのは信直の実父の石川高信だ。
智勇に優れ、南部家の津軽地方経営は、この人のおかげで成り立っていた。
この人は、息子の信直とは大分性格が違う。
豪快で明るく、そしてうるさい。
話し声も笑い声も、とにかく腹に響く。
70歳は超えている筈だが、とてもそうは見えない。
体内から出ているエネルギーが、老人とは思えない。とにかく暑苦しい。
「信直も面白いものを拾ってきたものだ!」
「俺は捨て犬じゃないんですよ」
文句を垂れるが、構わずにガハガハと笑う。
なんで親子で、こんなに騒がしさに差が出るのか。
信直はもしや養子ではないかと、信直の方をチラッと見ると、主人は馬上でウトウトとしていた。
「高信様、信直様が寝てますよ。
起こした方がいいですか?」
「ほっとけ!それで落ちて死ぬなら、それが奴の生まれた星というものよ」
「信直様を流れ星みたいに言わないで下さいよ。
こんなにしてるけど、総大将でしょ」
悟の言葉に高信は、またガハガハと笑う。
「心配するな!
かねてよりの作戦通り、南から迂回している九戸党が長牛城に奇襲をかける。
敵は北から攻められるとばかり思っておるから、混乱するだろう。
そこに我々が一気に総攻撃を加える。
どうだ!!
中々の作戦だろ!!」
高信は大声で叫ぶ。
「あの、敵がこの軍に紛れ込んでいたら、今ので作戦バレましたよ」
高信はしまったという顔をした。
「まあ、大丈夫だろう!
お前は未来から来たらしいが、頭が回るな!
わしの軍師にしてやろうか!!」
「それ何年間出来るんですか!
高信様、今70歳くらいですよね!」
「大丈夫だ!お前よりは長生きするからな!」
楽しそうに笑う。
「うーむ。陸奥の春は心地が良いな。
思わず眠くなる」
信直が目を覚まして伸びをしていた。
「信直!目を覚ましたか!!
なにやら、チビ助が騒いでおったぞ!」
「道理で騒がしいと思った。
いかんな。人の心地よい眠りを妨げるのは」
2人とも顔を見合わせて笑う。
やはり親子だ。
2人揃って悟をからかっていた。
「はやく、行きますよ!!」
悟は2人から顔を背けて、歩く速さを早めた。
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