群雄割拠 2-7

九戸政実は2000の軍を率いて、三ヶ田城(みかたじょう)に入った。

予定よりも大分早く到着することが出来た。

「兄上、本隊が鹿角郡に到着するのは、あと1日後のようです。

敵は我らが三ヶ田城にいるのを、まだ把握していません」

弟の実親(さねちか)が報告に来た。

「ふむ。本隊が来るまで大人しく待つのも、面白くないな。

九戸党だけで一戦仕掛けてみるか」

「しかし、作戦では明日の朝、本隊到着と共に長牛城に攻撃をする予定です。

勝手に我らだけで動いては、本家に後から文句を言われます」

政実は笑った。

「九戸党の名を挙げるいい機会だ。

逃す手はないだろう」

「しかし・・・」

反対する実親を手で遮る。

「我ら九戸党を蔑ろに出来るほど、南部家は人に恵まれてはおらん。心配するな」

今、長牛城には3000の兵が篭っている。

別働隊は2000、城攻めをするには少な過ぎる。

本隊の到着を待とうという実親の考えは正しい。

しかし、それだとつまらない。

政実は陸奥に九戸党ありと示したかった。


「実親、長牛友義とともに歩兵を率いて、城に攻めかけろ。

反撃してきたら、三ヶ田城の方に引け。

追撃してきた敵を俺が騎馬隊で蹴散らす」

「敵は追撃してくるでしょうか?

そのまま篭っているかもしれません」

「だから、間者を放って情報を流している。

『本隊の到着が遅れている』とな。

敵は我らが攻めるのを見て、焦れて攻めてきたと思うだろう。

そして、敵は一枚岩ではない。

大里、花輪、柴内と有力な豪族は自分の利益を優先して動いている。

そうなると、勝手に追撃する者が出る。

そいつらを蹴散らす」

説明を終えると、政実は部下に指示を出していく。


実親と長牛友義の軍が鬨の声をあげて、長牛城に攻撃を始めた。

長牛友義は自分の城を取り返したいという一心で全力で攻めていた。

政実は友義には、作戦を明かしていなかった。

途中で引けと指示されていると、どうしても攻め方が嘘臭くなる。

撤退の合図は出すが、友義が引かなければ見捨てることも考えている。

友義の手勢は200人、九戸党とは何の関係もない。

彼が死んでも損は大きくない。

城側の反撃が苛烈になってきた。

撤退の法螺貝を鳴らす。

実親の軍は続々と引いている。

友義の軍はまだ攻撃をしていた。

その様子を見て、城から700ほどの軍が出てきた。

まだ抵抗している友義の軍もそれを見て、撤退を始めた。

敵は友義の軍を蹴散らし、実親の軍に追いつこうとしていた。

実親は、敵にわざと追いつけると思わせる速度で逃げていた。

友義の動きが演技ではないので、実親の動きも本当に見えてくる。

「いい誘いだ」

政実はニヤリと笑う。

右手を上げて、振り下ろした。

愛馬を股で締め上げる。

馬は一気に駆け出した。700騎の騎馬隊もそれに続く。

三ヶ田城は緩やかな小山の上にある。

逃げてきた実親の軍が左右に分かれて、一本の道が開いた。

その道を騎馬隊が駆け下りる。

麓にまで迫った敵はまともに、騎馬隊の逆落としを食らうことになった。

政実は槍を振り回す。

一振りで3人、4人と吹き飛んでいく。

敵はこれまでの勢いが嘘のように、散り散りに逃げ始めた。

敵中を駆けながら、敵将を探す。

いた。周りが逃げている中で、指揮を執っていたらすぐに分かる。

「九戸政実、ここにあり!!」

敵将も刀を構えた。

振り下ろされた刀を槍で弾く。

刀が宙を飛ぶ。

政実は心臓目掛けて、槍を繰り出す。

槍は鎧を突き抜けて、敵将の心臓を貫いた。

落馬した敵将の首を刀で取る。

「見ろ!!大将首、九戸政実が討ち取った!」

逃げる敵兵を実親の軍が追いかけている。

友義は崩れた軍を立て直すので、精一杯のようだった。

敵の700のうち、半数は討ち取ったようだ。

こちらの損害は友義の軍が主だった。

それもさほど多くはない。


「兄上、さすがです!これで敵の士気も落ちているでしょう」

「実親、あとは本隊が来るのを待て」

いくら敵を蹴散らしたといっても、まだ敵の数は別働隊よりも多い。

本格的に長牛城を攻めるのは、本隊が到着してからにした方がいい。

「思ったより、敵が誘いに乗らなかったな」

「確かに、我々の軍は兄上の700騎を除いた1300人でしたので、もう少し出てくるかと思いましたが」

「大半が出撃してくれば、それを蹴散らし、その勢いで長牛城に攻め込むことも出来たが、腑抜けが多かったみたいだな」

或いは、誰かがそう仕向けたのかもしれない。

九戸党だけが手柄を立てることを避けるために、内部の人間を操り、敵軍が出撃しないようにさせた。


北信愛(きたのぶちか)


そのような事が出来るのは、彼くらいだろう。

信直の最大の理解者であり、陸奥一の知恵者。

「これで九戸党の名も上がりましたな」

嬉しそうに笑う実親に笑顔を返したが、内心は信愛に上手くしてやられたという気分になっていた。

これで、もう敵は城からは出てこないだろう。

そうなると、軍の多い信直が戦場の主導権を握ることになる。

城攻めでは数がものをいう。

「信直殿に伝令を送れ!

緒戦は九戸党が制した。

ご到着を楽しみに待っておりますとな!」





信直率いる本隊は、来満峠を越えて、鹿角郡まであと1日という距離まで来ていた。

既に日は暮れて、陣には火が焚かれていた。

「やはり、政実殿は攻めましたか」

伝令の報告を受けて、信愛が呟く。

「あの青二才め、勝手に動きよって!!」

高信が大声で叫ぶ。

「一度勝ったが無理には攻めていないようだ。

そこらへんの見極めはさすがだな」

信直の言葉に2人が頷く。

「彼は最初から一戦交える気だったのでしょう。

それも野戦で敵主力を蹴散らし、その勢いで長牛城を落とそうとしていました。

本来なら、城攻めに700もの騎馬隊など必要ありません」

政実の動きは信愛が絶えず見ていた。

「こちらも策は出来上がっております。

信直様の本隊が長牛城に攻めかかると、同時に内通者が逃げ出す手筈となっております。

それまでは政実殿がいくら攻めようと、意地でも城を守り抜くでしょう」

信愛は敵の何人かを既に籠絡させていた。

条件は南部家に逆らったことを許し、本領安堵すること。

これは既に当主晴政の許可を得ていた。

晴政も九戸党の武力は頼りにはしているが、その力が家中で強まるのを好ましくは思っていなかった。

だから、信愛の策をすんなりと受け入れた。

「明日の昼には、鹿角郡に到着し、長牛城を攻める。それは変わりない。

2人とも明日に備えておいてくれ」

信愛と高信が頷く。


本陣を出ると、悟が地面に座り込み、槍を手に持った状態で眠っていた。

初めての行軍なのだ。

疲れるのも無理はない。

「直義!」

もう1人の小姓を呼ぶ。

慌てて駆け寄ってきた直義に耳打ちする。

「悟を寝かしといてくれるか?」

「しかし・・・」

信直は笑顔を見せる。

「いい。明日は決戦だ。

お前も早めに寝ておけ」

直義が悟を引きずっていくのを見届けた後、信直は1人空を見上げた。

「三日月か・・・」

月が丸くなるには、まだまだ時間がかかるようだ。

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