群雄割拠 2-8

永禄11年、春、南部信直を総大将とする南部軍は鹿角郡に攻め入った。

緒戦で、九戸政実に蹴散らされていた安東方は、長牛城(なごしじょう)に篭り、安東愛季の援軍をひたすら待つことにしたようだ。

長牛城は、鹿角郡の最南端に位置し、比高20mほどの台地の上に建てられている。

城の物見櫓からは、鹿角郡が遠くまで見渡すことが出来る。

背後は山に守られている天然の要害だ。


信直は城の包囲をわざと緩くしていた。

信愛の策通り、敵の何人かは見逃す手筈となっていた。

この戦の目的はあくまで、長牛城と鹿角郡の奪還である。

「それにしても、すごい大軍ですね!」

悟が感心したように言った。

「けど、歴史上にはもっと多くの軍が戦う戦があるんですよ!!」

「ほう。どんな戦いだ?」

「関ヶ原の戦いです。東軍、西軍、ともに10万の大軍が戦うことになります」

「東軍、西軍ということは、大名が東西に分かれて戦ったのか?」

「まあ、そんな感じです!」

「では、南部家も東軍についたのか」

「そこは分かりませんが、勝ったのは東軍です」

「そうか。なら、我らも東軍につくとしよう」

悟がそれから得意げに、関ヶ原の戦いについて話した。

勝者となった徳川家康は幕府を開き、200年以上の平和な時代が来ることとなる。

「なあ、悟。私が天下を取ると言ったら、お前はどうする」

思いつきで、ふと言ってみると、悟はびっくりしたように目を見開く。

「もちろん、お手伝いしますよ!!

信直様が天下取ってくれたら、掛け軸も探しやすくなりますから!!」

「そうか」

信直は一言だけ呟き、頷いた。

「じゃあ、そのためにも、この戦を片付けないとな。手柄を立てて、私が南部家の跡取りに相応しい様を見せてやろう」

「はい!」

悟の元気のいい返事に、思わず笑みがこぼれた。


夜、落ち着かずに考え事をしながら過ごしていると、信愛が声をかけてきた。

「大里備中守、花輪親行、柴内相模守の3人は城を捨てて、逃亡しました。

城内は混乱しています」

信直はすぐに立ちあがった。

待っていた知らせだ。

「よし!今が好機だ。

一気に総攻撃をかける」

城を緩く囲んでいた南部軍は、それまでがウソのように激しく城を攻めたてた。

門が突破される。

そこから、兵が次々になだれ込んでいく。

鹿角郡の有力な豪族3人が逃亡した今、安東方にその攻撃に抵抗する力はなかった。

次々に安東方の兵が逃げていく。

無理に追撃はかけなかった。

もはや、戦う必要性はなくなっていたからだ。

九戸党も心得ており、すぐに引き返してきた。

「これで、鹿角郡は南部家のものとなりました。

これも九戸党の奮戦あればこそです」

長牛城に入った信直は、まずはじめに九戸政実に礼を言った。

「いえ、我らは南部家の一員として、当然のことをしたまでです」

飾り気のない政実の返事に、信直は苦笑いをした。

「これからも、九戸党は南部家の槍として、敵と戦います」

「それは頼もしいお言葉です」

2人は互いに手を握った。





ここに、鹿角郡をめぐる南部家と安東家の争いは終結した。

その結果、元城主の長牛友義が、長牛城の城主として返り咲くこととなった。

緒戦で功を挙げた九戸党は、二戸の土地をもらうことになった。

信直も総大将として、晴政の代理を立派に勤め上げ、南部家を継ぐ者として、十分な力量を見せた。

「勝ち戦、おめでとうございます」

三戸城の信直の部屋には、善兵衛がやって来ていた。

土産に山海の珍味と饅頭を持ってきていた。

信直は迷わずに饅頭に手を伸ばしていた。

珍味の方は、形だけ箸をつけて、残りは悟と直義に食わせていた。

直義は最初、遠慮がちだったが、ガツガツ食べる悟につられて、同じように勢いよく箸を動かしていくようになった。

笑ってその様を見ていた善兵衛が、真面目な顔を戻り信直に向き合った。

「この度の戦、東北中で噂になっておりました。

南部家はこれで、更に広大な領地を手に入れたと」

信直は頷く。

「これで、鹿角郡は落ち着いた。

あとは津軽地方だな。

大浦為信が少しずつではあるが、力をつけてきている」

大浦家を継いだ大浦為信は、形としては南部家に従っているが、裏では着々と兵をかき集め、挙兵の準備を進めているとの噂がある。

「津軽地方は太陽の恵みが少なく貧しい土地だ。

蝦夷との交易などを活発に出来れば、豊かになれようが、今の南部家の力では、そこまでの余力はない」

善兵衛はニヤッと笑う。

「そこは商人の力を使われませ。

商人に商売をさせて、儲かった分だけ年貢をとる形にすればよろしいのです」

「今日はその話をしに来たな、善兵衛。

商人というのは強かなものだ」

「はい。ただそれも、津軽地方がある程度落ち着いてからの話になります」

「父上が石川城に入ることとなった。

いくら元気とはいえ、70を越える父上に南部家の最前線の城を任せるとは、養父(ちちうえ)も酷なことをする」

それだけ南部家に人が居ないということもある。

長く津軽地方を統括してきた高信がいなくては、南部家の津軽経営は立ち行かないのが、現状だ。

「大浦為信は、中々の男。

それなりの者を置かねば、津軽は為信のものになります」

信直は腕を組み、考える。

「これは、対応策を考えていく必要があるな」

手を伸ばし、饅頭を食べる。

珍味の方は、悟と直義が食べ尽くしていた。

「私の分の珍味は?」

そう聞くと、直義が青ざめた。

「直義が全部食べました」

悟が涼しい顔で言うと、直義は慌てて否定する。

善兵衛が楽しそうに笑う。

「これは罰を与えねばな。

善兵衛、なにがいい」

「ならば、晴政様のところにも茶器を届ける予定でしたので、2人に運ばせましょう」

信直は笑って頷いた。

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