陸奥の桜 3-2
「きれいですね!!」
悟は一面に咲き誇る桜を眺めていた。
三戸城の麓を流れる熊原川の河原には、多くの桜の木が植えられていた。
毎年、春になると辺り一面が桜色に覆われる。
「本当にきれいだな。
陸奥の冬は長く厳しいが、この光景を見るだけでそれに耐えた甲斐があったと思える。
この風景には、私も何度も慰められてきた」
信直がしみじみと言う。
「桜というのは不思議なものです。
なぜか、見ているだけで心が洗われます。
私も疲れがどこかへ飛んでいきましたよ」
信愛も目を細めて、桜を見ている。
南部家のほぼ全ての氏族に声をかけて、予定を合わせ、場を設けたのは、全部信愛だ。
疲れも溜まっていたのだろう。
「信愛、苦労をかけたな」
「いえいえ。これも南部家のためです。
それに苦労させられるのは、今に始まったことではありませんよ」
「そうだったか?」
首をかしげる信直を見て、悟はやれやれと両手を上げる。
信愛も首を縦に振って、悟に同意した。
「みんな、揃っておりますな〜!!!
ご注文の品をお届けに参りました!!」
善兵衛が沢山の人を連れて、荷物を運んできた。
荷物の中には日本中の様々な料理が入っている。
善兵衛は先に材料を三戸城下に運び入れ、料理人を手配して、出来立ての料理を持ってきたのだ。
「善兵衛、ご苦労。
さっそく、卓に置いてくれ」
善兵衛は手際よく、料理人たちに指示を出して、皿を並べていく。
今回の花見は、悟の意見により、現代風にいう立食パーティーのような形にすることにした。
木で作った大きな卓を、桜の木の下に並べて、皿の器も用意する。
この案を悟が提案した時、信直は驚いていたが、面白そうということでやってみることにした。
「なにやら、面白いことをしておるな」
「なんだ!!!チビ助、これが未来の花見のやり方か!!」
護衛を引き連れて、晴政と高信がやって来た。
「はい!!立食パーティーです!」
「立食、ぱーてい?どんなものだ、それは?」
「みんなが、好きなものを好きな分だけ、取って食べます!!
料理を取る時に、話したり、ビンゴゲームをしたりして、親睦を深めます!」
「ふーむ。身分や立場を気にせず、同じ料理を食い、話すのか。それは楽しそうだな」
晴政は意外と乗り気になっている。
「なんだ!!好きなだけ食べていいのか!!!
わしの専用の皿を用意しておいた方がいいぞ!
片っ端から食べ尽くしてしまうぞ!!」
高信の言葉に分かっているというように、信愛が頷く。
「料理は沢山用意してありますので、ご心配なく」
みんなで話していると、次々に人が集まってきた。
「あなたが悟殿ですね」
1人の男が声をかけてきた。
丸い顔をして、ニコニコと笑っている。
「八戸政栄(はちのへ まさよし)といいます。
あなたの噂は下北にも届いておりました」
「あっ!!はい!!はじめまして!悟です!」
慌てて頭を下げる。
その様子に周りの大人は楽しそうに笑う。
「政栄殿、久しいな」
「これは殿、お久しゅうございます。
内輪の揉め事もようやく、収まりつつあり、ようやく国から出てくることが出来ました」
「今回は、南部家一族の親睦を深めるのが、目的だ。楽にしてくれ」
晴政は機嫌良さそうに笑った。
「晴政様、なんか嬉しそうですね」
信愛に耳打ちした。
「戦の話以外で一族が集まるなんて、まずありませんからね。
これは南部家にとって、異例の出来事となのですよ」
九戸政実をはじめとした九戸党もやって来た。
予定通り、南部家の主な一族がほぼ集まる形となった。
全員揃ったところで、晴政がみんなの前に立った。周りをゆっくりと見回して、満足そうに頷く。
「みな、揃っておるな。
八戸氏、九戸氏、石川氏、石亀氏、毛馬内氏、東氏、北氏、南氏、千徳氏、中野氏、久慈氏、その他にも沢山の人が来てくれた。
これだけの面子が集まるのは、久しぶりになるな。
今回集まってもらったのは、南部家一族の親睦を深めるのが目的だ。
我々は元を辿れば、清和源氏の流れ。
同じ血が流れているのだ」
晴政は言葉を切り、空を見上げる。
他の皆も、合わせて空を見上げる。
空は桜の花びらが舞っていた。
「それが、この陸奥の地に流れて四百年ほど経つうちに、様々な姓に分かれ、こうやって話すことも中々出来なくなっていた。
南部家は今、陸奥において広い領地を手にしているが、同時に周りには多くの敵もいる。
そして中央には、織田信長という男が凄まじい勢いで、名を上げている。
近いうちに、日の本の大半を織田信長が手に入れるかもしれぬ。
そうなれば、我々にも陸奥を寄越せと戦いを挑んでくるだろう。
皆、陸奥の民であり、望むものは陸奥の平和だ。
そのためには、我々は心を一つにせねばならん。
団結した我らの前には敵はいない」
晴政は目を閉じる。
全員無言で次の言葉を待つ。
「皆、陸奥のために力を貸してくれないか」
「ハッ!!!!!」
悟以外、全員が声を揃えて返事をした。
晴政はゆっくりと頷く。
「さて、あんまり話が長いとせっかくの料理が冷めてしまう。
今日は立食ぱーていだ。
皆、大いに飲み、食って、楽しんでいってくれ」
「わーい」
今度は悟1人だけが反応してしまい、目立つこととなった。
晴政が笑い、他の皆もつられて笑った。
花見が始まると、あちこちで楽しそうな笑い声が上がった。
「なるほど、掛け軸を探しているのですか」
政栄は興味深そうに頷いた。
「私の方でも探してみましょう」
「ありがとうございます!!」
それにしてもと政栄は続けた。
「あの気難しい殿がこのようなことをされるとは。驚きました」
「確かに、下らぬことと一蹴されることも覚悟していましたが、こんなに乗り気になるとは思いませんでした」
信愛が頷く。
「それだけ、殿は南部家の結束に危機感を覚えていたのだろう。
それにこの花見は、諸国に対して南部家の力を誇示することにもなる。
こんな風変わりな花見は初めてですが」
政栄は小魚の唐揚げを不思議そうに食べた。
「立食パーティーです!」
「そうでしたね。これがきっと日の本で初めて行う、立食ぱーていでしょうね」
「ほら、悟も、食べてきたらどうだ?
直義も暇そうにしているから、相手をしてやってくれ」
信直のもう1人の小姓は、真面目に主君の皿を持って待機していた。
信直が料理を食べないので、いつまでも皿は綺麗なままだ。
悟は皿を取り上げて信愛に渡すと、直義の手を取り、走り出した。
「不思議な子ですね。未来から来た筈なのに、懐かしい感じがする。どこかで会ったような」
「悟は、まだまだ子どもだから、政栄殿も子どもの頃を思い出されたのでは?
いくら五百年後といっても、子どもは子どもですよ。元気にしているのが、似合っていますよ」
悟は皿に料理をてんこ盛りにして、食べていた。
直義も実は負けず嫌いで、悟に対抗して皿をてんこ盛りにしていた。
「こんなの初めてだ。楽しいなあ」
直義の言葉に悟がそうだろうと自慢げな顔をする。
「あっちにも、美味しそうな料理あるから、取ってくる!!」
悟が残り少ない皿に向かって、駆け出した。
「あっ!!」
桜の木の根につまづき、転びそうになった。
「おっと!」
太く逞しい腕が伸びてきて、悟の体を支えた。
「ありがとうございます!!」
「走り回ると危ないぞ」
助けてくれた男は筋骨隆々の大男だった。
「九戸政実・・・殿」
直義が固まる。
「お前は噂の未来人か。
ずいぶん元気のある童だな」
「九戸政実殿ですか?」
「そうだ。俺に何か用か」
「いえ、ありがとうございました」
頭を下げると、政実は小さく笑った。
「気にするな。それよりも足元をちゃんと見とけ」
政実が去ると、直義がフゥーと息を吐いた。
「怪我はなかったか?」
「うん。大丈夫。あの九戸政実さんって、怖そうな顔してるけど、そんな事ないみたいだな」
「何言ってんだよ。鬼に例えられるほど強い人だぞ。怒られなくてよかったな」
悟は腕に残る、逞しい手の感触を思い出した。
思いやりのある掴み方で、やはり怖いという印象は微塵もなかった。
2人は料理を食べ尽くし、桜の木の根に腰掛けて話していた。
「楽しそうだな。わしも入れてくれんか」
直義は声をかけた相手を見て、直立不動の姿勢をとった。
「いいですよ。晴政様はどうでしたか?
楽しかったですか?」
「ああ、こんな楽しい気持ちになるのは、久しぶりだ。準備してくれた者たちのお陰だな。
もちろん、お前のお陰でもある」
「それならよかったです。
なんか、最近晴政様元気なさそうだったので、心配してましたよ」
「そうか。お前の目にもそう映っていたのか。皆を不安にさせるようでは、主失格だな」
「そんなことないですよ。
誰だって、不安になることはありますよ。
そんな時は、周りを頼ってみればいいんですよ!」
晴政はなるほどというように、頷く。
「そうだ。周りを信じて、頼ればよかったのだ。
なぜ、あれほど怯えていたのか。
今日、皆と話して分かった。
皆、陸奥が好きで、守りたいと思っている。
わしは、これまで気づけなんだ。
改めて、礼を言う。
悟、お前は大切な事を思い出させてくれた」
悟はニッコリと笑う。
「いいですよ!元気になれたなら、俺も嬉しいです!!」
晴政も楽しそうに笑う。
「綺麗な桜も見られた。
皆の想いも分かった。今日は素晴らしい日となったな」
桜の木が陽を浴びて、眩しく輝いていた。
晴政はそれを目を細めて見ていた。
花見が終わった夜。
熟睡していた悟は、部屋の周りを走り回る足音で目を覚ました。
「なんだ?うるさいな〜」
部屋に直義が転がり込んできた。
真っ青な顔をしている。
「どうしたの直義、顔色が悪いよ」
「とっ、とッ、殿が!!殿が!!」
「落ち着けよ。殿が、どうしたの?」
直義は息を飲み込んで叫んだ。
「殿が!晴政様が亡くなった!!!」
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