陸奥の桜 3-4
年号が永禄から元亀に変わった春、南部晴政は56歳でこの世を去った。
あまりにも突然の出来事だったため、正式に跡継ぎが決まるまでは、病に伏せているという形で世間の目をごまかすことにした。
「問題は殿に実子がいないこと。
正式な跡継ぎを決めることなく、亡くなられたことだ」
三戸城の大広間には、南部家の主要人物がほぼ全員集まっていた。
「実子がいないなら、養子である信直様が継ぐというのが自然でしょう。
信直様は、先の鹿角合戦においても総大将として、戦果を挙げています」
北信愛の言葉に頷く者は、半数くらいだった。
残り半分は、様子を伺って反応出来ないでいた。
九戸政実(くのへ まさざね)
九戸党の長であり、実弟の実親は晴政の次女をもらっていた。
武において南部家に並ぶ者なき勇将の言葉を残りの半数は待っていたのだ。
少しの間、大広間に沈黙が広がる。
「北殿の言うことはもっともだ。
しかし、他の方も意見があるだろう。
出来るだけ多くの意見を集めてから、決めるべきだろう」
桜庭光康(さくらば みつやす)が沈黙を破った。
彼は、永禄8年(1565年)の鹿角合戦において、侵攻してきた安東愛季を撃破した実績がある。
実績があり、公平な性格の光康の言葉には重みがあった。
「そうですね。他の方のご意見を聞きましょう」
信愛は穏やかな表情を崩さずに、周りを見回した。
「九戸実親殿は、どうか」
言葉を発したのは、長牛友義(ながうし ともよし)だ。
「実親殿は殿の娘婿だ。彼にも跡を継ぐ権利はある。九戸党の長、九戸政実殿の弟でもある。
勇敢なことで知られる九戸党が、南部家の中心となれば、他国も安易に戦を仕掛けてはこないだろう」
先の鹿角合戦では、別働隊で九戸党と共に戦った経験がある。
その強さを間近で見たからこその言葉だった。
様子見をしていた者の何人かは、おずおずと頷き同意する。
「それならば、八戸家にも権利があるだろう」
新田政盛(にいだ まさもり)が割って入った。
彼は八戸政栄(はちのへ まさよし)の弟だ。
政盛の言う通り、家中での実力、血の濃さを考えると政栄にも権利がある。
当の政栄は腕組みをして考え込んでいた。
友義と政盛が議論を始めた。
どちらが次の惣領に相応しいか、理由を述べていた。
「このままでは、まとまりません。
皆さま、ここは一度、一晩しっかりとお考えの上で、もう一度話し合いませんか?」
信愛の言葉に、他の者は特に反対もせずに頷いた。
「信愛、何か策はあるのか」
三戸城内、信直の部屋で信直と信愛は今後の話し合いをしていた。
「はい。現状は三つ巴の状況にあります。
これでは三すくみのまま、無為に時間が流れていきます。
それを崩します」
「崩す、誰かを引き入れるということか」
「はい。それも信直様が、家中で一番の力を持てるほどの人物を」
「八戸政栄か」
「はい。南部家は大きく分けると、三戸南部、八戸南部、そして九戸党、この三つがほぼ同じ力を持っております。
九戸党、九戸政実は我らを友好的には見ておりません。
となると、まず味方につけるべきは八戸政栄でしょう」
「しかし、彼が我らの味方となるだろうか。
政栄は誠実な性格だけに、下手な小細工をすれば敵にもなりかねん」
信愛は頷く。
「だから、信直様には味方になれとは一言も言わないでいただきたい」
「どういうことだ?」
信愛はフッと笑う。
「信直様には、悟殿に話したことと同じことを話していただきます」
「悟に話したこと・・・
あれは、子どもだからこそ、通用した話だ」
陸奥の平和のために力を貸して欲しい。
まだ子どもの悟ならともかく、分別ある大人の政栄には青臭い話ではないか。
「私はそうは思いません。
信直様が悟殿に語った想いは、心の底から願っているもの。
悟殿は以前私に言いました。
『最初は信直様に仕える気なんて、これっぽっちもなかった。なのに、楽しそうに話す信直様を見てたら、いつの間にかお茶を淹れることになっていた』と。
悟殿は心の底から信直様を信用しています。
子どもには嘘は通じません。
信直様の想いが本当だからこそ、悟殿は信直様を慕っているのです。
その想いを一度、政栄殿にぶつけてみなされ」
信直は一度息を大きく吐いた。
「何が策だ、これではただの勧誘ではないか」
「物は言いようです。
それに想いを言うだけで、味方になれと言わなければ、勧誘にはなりません」
「お前の口は本当によく回るな」
信直は腕を組み、しばらく目を閉じていた。
「よし!政栄の元に行こう!
青臭い夢を語って笑われてやるとするか」
「そう言われると思っておりました。
すでに場は整えてあります」
信直は信愛の手回しの良さに苦笑いをする。
最初から彼の思う通りのようだった。
「信愛、一ついいか」
「なんでしょうか」
信直は少し間をとってから言った。
「悟を連れて行きたい。
理由は分からぬが、なぜか悟が必要な気がする」
15歳にもならぬ子どもがそんな大事な話し合いの場で何の役に立つとは、信愛は思わなかった。
信直は夢の話をしに行くのだ。
それなら、夢の共感者が一人いてもいいだろう。
「分かりました。悟殿にも行ってもらいましょう」
信直は廊下に出た。
悟が慌てて、膝をついて頭を下げる。
どうやら聞き耳を立てていたらしい。
ニヤッと笑い、腰を落として悟と目線を合わせる。
「聞いた通りだ。悟、ついて来い。
一緒に話したい人がいる。
お前にも話したいことがある」
そう言って歩き出した。
「ちょっと待って下さいよ!!
俺、なにも出来ないですよ!!」
悟は慌てて、信直の後を追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます