群雄割拠 2-4

「恐ろしい時代やで、ホンマ」

道で商人たちがヒソヒソと話している。

善兵衛は陸奥から遥か南と西、堺に来ていた。

これまでもそうだが、冬は東北地方は雪に閉ざされる。

善兵衛は常に動き回り商品を探すため、冬は雪の少ない堺にいることが多い。

堺という町は、一年中金が回っている。

情報収集にはもってこいの町なのだ。

「まいど!!」

善兵衛は馴染みの茶屋に入った。

店主とは長い付き合いだ。

「おう!善兵衛はん、まいど!!」

席に座って、酒を頼んだ。

「どうでっか、最近は」

善兵衛はここでは地元の言葉を話す。

大阪の生まれなので、そこまで不自然ではなかった。

「ぼちぼちでんな」

店主は苦笑いをする。

「ここ最近は、物騒なことばかりですわ」

善兵衛もそれは察していた。

ここに来るまでの間に、噂話を拾って来ていた。

「三好家のゴタゴタとかですか」

「せや。松永はんが三好三人衆と戦って、なんと奈良の大仏様を燃やしたとか。

怖い話やで!

聖武天皇が国の繁栄を祈ってつくった大仏を燃やすなんて、罰当たりにも程があるで」

店主は他に客がいないのをいいことに、ドンドン話しかけてくる。

善兵衛はそれも狙って人の少ない時間帯に、この店を訪れたのだ。

「善兵衛はん、聞いたで。

遠く陸奥まで行ってたんやってな。

あんなとこ行って、何するつもりなん?」

「内緒や!と言いたいとこやけど、特別に話したる。南部家の殿様に取りいっとったんや」

店主は目を剥いて驚く。

「南部っていったら、あの南部家か!!

随分大きなことを始めたなあ!」

「これは他の奴には言ったらアカンで。

なにせ、南部家に畿内や京の情報を売る仕事なんやからな」

人の口に戸は立てられないことなど、善兵衛は物心と一緒に覚えてきた。

この店主は、自分と同じように全国を飛び回る商人を数多く知っている。

ここは茶屋というのは表の顔で、本当は情報の交換場なのだ。

善兵衛以外にも多くの商人が集まり、利用している。

わざと言うことで、自分に情報が集まるようにしたのだ。

「けど、なんでそんな遠くまで、行くことにしたん?情報を欲しがっているのは、どこの大名も同じやん」

「それはな・・・」

わざとらしく勿体振る。

これくらい大げさな方が、堺では好まれる。

先ほどのわざと漏らした振りをしたのもそうだ。

素直に情報を与えるから、こちらにも情報をくれというのは、つまらないのだ。

言葉一つ一つのやりとりを大切にして、楽しむ。

これが堺の商人だった。

「勘や!!」

善兵衛は自信満々に答える。



実際のところは、晴政に話した内容に加えて、新しい航路を作ることにもあった。

久慈港を拠点にして、将来的には蝦夷にも手を伸ばすつもりだった。

北の資源を南に運び、利をあげる。

そのための下準備だ。

南部家と通じたのは、その一つに過ぎない。

安東家と南部家、どちらに肩入れするか悩んだが、結果的に南部にした。

悟と出会ったこともあるが、大きな理由は、南部信直が予想よりも大きな人物だったからだ。

信直は武略の人ではない。

智略の人とも少し異なる。

だが、不思議と人を引き寄せる魅力を持っていた。

織田信長のような苛烈な強さに裏打ちされた魅力とは、また異なる包み込むような魅力だ。

事実、悟は会う度に、信直の愚痴を言いながらも心底慕っていた。

これからの時代に生き残るのは、こういった人間ではないかと善兵衛は感じた。



「なんや!勘かいな!善兵衛はんの鼻は、よく効くからな。犬並みや!

今度もきっと上手くいくやろ!

俺からの祝いや!飲め、飲め!」

杯に酒をどんどん注いでいく。

「ところで、店主(おやじ)

織田信長って知っとるか?」

店主は微妙な反応をした。

「なんや、最近よく噂は耳にするな。

岐阜を最近手に入れたんやろ。

けど、田舎の成り上がり者(もん)やろ。

そんな奴の情報知りたいんか?」

ここ堺や京では、織田信長はまだ尾張の田舎大名として見られていた。

善兵衛のように近くでその姿を見て、認識を改める者もいるが、その知名度はまだまだ低い。

「ああ。どうしても気になる。

松永久秀も織田信長と誼を通じているらしいし、将軍様も信長に手紙を送ったらしい。

いつ上洛してもおかしくない」

店主は大声で笑う。

「善兵衛はん、酒がききすぎちゃうか!

岐阜から京の道中には、浅井、六角、北には朝倉、そして畿内には三好三人衆がおんねんで!

そいつら何とかせんことには、上洛どころか身の破滅になってまうで!」

その通りだ。

普通ならそう思う。群雄割拠している畿内に、殴り込みをかけるのは、相当な力がいる。

あの今川義元も、その途上で命を落とした。

他ならぬ織田信長の手によって。

織田信長は、今、周到に準備をしているのだ。

将軍足利義昭を祭り、稀代の悪党松永久秀を取り込み、湖北の勇将浅井長政と同盟を結び、万全の体制を整えている。

上洛すれば、その影響は堺にも及ぶことになる。

明との貿易の窓口である港、堺の価値を信長が見落とす筈がない。

「なんで善兵衛はんは、そんなに織田信長のことを買っとるんや?

やけに自信ありげやけど」

まさか、未来から来た少年に教えてもらったとは言えない。

悟の話は、まともに聞く方がどうかとも思うような内容だ。

だが、善兵衛は聞いた時から信じる気になっていた。

「けいたい」とやらの証明もあったが、悟を見て直感で信じる気になったのだ。

そして、南部晴政と南部信直の二人も同じく信じた。

やはり、善兵衛と同じように何かを感じたのだろう。

善兵衛はニヤリと笑う。

「これはホンマに内緒や」

「ええ〜っ!!そんなケチケチせんと言うてや〜!」

善兵衛には、「売れる秘密の情報」と「売れない秘密の情報」がある。

悟の件は勿論、後者だ。

「さあて、久しぶりの堺やから、飲むで!!

ガンガン酒持ってきてや!」

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