群雄割拠 2-3
陸奥の冬は寒い。
ひたすらに耐え忍び、春の訪れを待つことになる。
そんなある日、信直は晴政に呼ばれた。
晴政は勇猛な男だが、気難しい面もある。
話す時には常に言葉を選ぶことが大切だ。
「信直、参りました」
晴政の居室に来て声をかける。
すぐに返事が返ってきた。
中に入ると、晴政はボンヤリと火鉢で手を温めていた。
寒さに震える幼子のようで、近隣諸国に恐れられる猛将とは思えないほど、無力に見えた。
「来たか」
「お話とはなんでございましょうか」
晴政はしばらく返事をしなかった。
信直は晴政が言葉を発するのを待った。
「わしの代理として、今度の戦で軍を率いてくれ」
信直は晴政の言葉を飲み込むのに、しばらく時間がかかった。
「私が本家の総大将ですか」
「そうだ」
「未熟者の私には、時期尚早ではないかと」
晴政はボンヤリとした目を信直に向けた。
フッと口元だけ笑った。
「それは本心か。本心なら、取りやめにするが」
信直も小さく笑った。
「養父(ちちうえ)のお言葉であるなら、どこへでも参ります」
「そうか。ならば、総大将の役目引き受けるな」
「はい。立派に役目を果たします」
晴政は満足そうに頷いた。
「お前はのんびりとした性格だから、侮られがちなのだ」
「自覚しております」
「総大将は時には厳しくなることも必要なのだ。
よく覚えておけ。
優しさだけでは人を纏めることは出来ない」
「はい」
また晴政は黙って、火鉢に手を伸ばした。
「そういえば、この前の童を小姓にしたらしいな。
善兵衛がいきなりお前に押し付けたと聞いたぞ」
「未来から来たと聞いた時は嘘だと思いましたが、面白い玩具を持っておりましたし、話もただの子どもがするには、現実的でしたので、近くに置いてみたくなりました」
「お前が面倒をみてやるのが、本人にもいいだろう。
未来か・・・陸奥はどうなっておるのだろうか」
「悟の話では、何度も戦争に巻き込まれ、災害に襲われて、それでも、その度に逞しく立ち上がって平和な世の中を作っているそうです」
「そうか。やはり陸奥の民は強いな」
ボンヤリとした目に少しだけ、嬉しげな光が差した。
「今日はもうよい。さがれ」
信直は頭を下げ、部屋から出た。
「信直様」
自室に戻り考え事をしていると、信愛が声をかけてきた。
返事をすると、信愛が静かに入ってきた。
北信愛は、三戸城より北にある剣吉城の主であり、南部氏の一族の1人だ。
北という名字は、剣吉城が三戸城の北にあることが由来だ。
北から南部本家を守る、そういった意味がある。
「殿はなんと言われましたか」
信愛は誰に対しても丁寧な態度を崩さない。
しかし、言葉が丁寧でも温厚な性格ではない。
冷徹な計算も出来る知恵者だ。
彼との最初の出会いは、信直が本家に養子になって、すぐの頃だ。
晴政の気難しい性格に困っていた時に、ソッと助言をしてくれた。
それからも自分が困っている時には、いつも声をかけてくれた。
なぜ、自分を助けてくれるのか気になったが、聞くことはなかった。
本当のことは言ってくれない気がしたからだ。
「私が今度の鹿角攻めの総大将となれ、ということだ」
信愛は驚くことはなかった。
どこかで予想していた感じすらある。
「信直様が総大将をされるということは、正式に南部家の跡取りは信直様であると世間に示されるおつもりですね」
「信愛も私の副将としてついてくれ。
父上(石川高信)も津軽から軍を率いてくる。
私にとっては、人生をかけた一戦になる」
「分かりました。それで・・・」
信愛は目を細めた。
「九戸政実をはじめとする九戸党の扱いは、どのようにされるおつもりですか」
「九戸党と南部家の本隊は別にする。
一族とはいっても、九戸党は独立心の強い一族。
共に軍を進めても、上手くいくまい。
それに彼らの主力は騎馬隊だ。
好き勝手暴れてもらった方が活躍できるだろう」
「その通りですが、九戸政実は武勇に優れた男。
彼一人に手柄を立ててもらわれても困ります」
九戸党だけで鹿角郡を奪還されては、信直をはじめとする南部本家の顔が立たない。
「それについて、この信愛にお任せいただけませんか」
信直は信愛の目を見据えた。
信じると決めた時は、最後まで信じること。
父親の言葉だ。
正しい判断を下すことこそが大将の資格だと、父は信直に言ってきた。
「任せた」
信愛はフワッと笑顔を浮かべて頭を下げた。
彼が去った後、廊下に出てみた。
白い雪が静かに降っていた。
「信直様、どうかしましたか?」
悟が心配そうに声をかけてきた。
最近では、すっかり小姓の仕事が板についてきた。
同じ年の直義だけでなく、年の一回りは離れた信愛とも、いつのまにか仲良くなっていた。
「いや、雪が止まぬかなと思ってな」
「信直様は雪が嫌いですか?」
「嫌いというわけでもないが、なんとなく疎ましく思えた。
雪がなければ、冬でも外に出られる」
「けど、信直様は夏は引き篭っていましたよね」
「好きに外に出られると、出たくなくなるのだ」
「じゃあ、雪が降らなかったら、きっと寒いとか言って引き篭もりますよ」
信直は笑った。
「そうだろうな」
「信直様、ちょっと待ってて下さい」
悟はどこかへ駆け出したかと思うと、茶が二つと饅頭を持ってきた。
「主人を寒空の下待たせるとは、お前は大物だな」
「そう言わないで下さいよ。
寒い中、雪を眺めながらお茶を飲む。
雪国でしか、出来ないことですよ!!」
悟はニカッと笑う。
かじかんでいた手が、茶の温もりで柔らかくなる。
一口啜ると、胃の中から暖かくなってきた。
「美味い茶だな」
自慢げに胸を張る悟の頭を軽く叩く。
頭をさする悟を見て、思わず笑みがこぼれる。
「悟は風流人だな。
ほれ、饅頭はお前が食べろ。
私は茶で満腹だ。
直義も呼べ。奴も私と同じ目に合わせてやる
この寒空の下、震えて茶を飲むがいい」
「分かりました!!呼んできます!」
嬉しそうに、また駆け出していく悟を見て、信直は声をあげて笑った。
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