三戸ってどこ? 1-4

「へぇ〜、これが三戸城かあ」

悟は繁々と三戸城を見ていた。

三戸城は巨大な山城だった。

麓には熊原川という川が流れており、自然の防御壁となっている。

「善兵衛さん、これから会う南部晴政って人は、どんな人なの?」

「俺も遠くから見たことがあるくらいだが、勇猛果敢な武士だと聞く。お前が運んでる唐物茶入は、彼が欲しがっている一品だ。落とすなよ」

悟は持っている桐箱をしっかりと握りしめた。

善兵衛は面会の予約をしていたのか、案内の者が出てきて、中へと遠慮なしに進んでいった。

悟もこの時代にあった服を着させられた。

いかにも、使い走りの小僧のような感じだ。

ただ携帯電話は持ってきていた。

これが唯一の未来を証明する品だからだ。

電源は切っていたが、それでも充電は50%を下回っていた。


「こちらに晴政様は、もうすぐいらっしゃいます」

案内の者が頭を下げて出ていった。

悟より少し年上15歳くらいだろうか。

正座していると、だんだん足が痺れてきた。

善兵衛しかいないし、足を伸ばそうかと思った時に、外から声がかけられた。

善兵衛が返事をすると、厳つい顔をした男が入ってきた。

横には護衛らしき男と、先ほどの案内した少年がついていた。

善兵衛は頭を深く下げた。

悟も善兵衛の真似をしてあわてて頭を下げた。

気づかれないくらいに、そっと顔を上げて様子を見てみた。

晴政は厳つい顔とがっしりとした体格をしていた。

その体型に反して目は暗く、どこか虚ろだった。


「網干屋善兵衛だな。

南部晴政である。今回は献上の品があると聞いているが」

「はい。唐物茶入でございます」

悟が置いた桐箱を善兵衛が開けた。

中には、丸い綺麗な壺が入っていた。

晴政はあまり嬉しくなさそうに頷いた。

これまでの善兵衛の口振りでは、喉から手が出るほど欲しがっているという感じだったが。

「ふん。これが中央で流行っているものか。

土をこねて固めたものが、国一つと同じ価値になるというのだから、不思議なものよのう」

善兵衛は晴政の冷ややかな対応にも、動じる気配はない。

「それで用はなんだ、善兵衛とやら。商人は損得で動く生き物、わしに何を望む」

善兵衛はニヤリと笑った。

「晴政様がお探しのものは、このような唐物茶入ではございませぬな」

晴政の目が少し動いた。

「晴政様が欲しいものは、このような唐物茶入を手に入れられる伝手を持った商人ではありませぬか」

「なぜ、そう思う」

「南部晴政様は武勇に優れた方、一方で質素な生活を送っておられると聞いております。

そのような方が急に高価な一品を欲しがられるとは、理由を考えてみたくもございます」

善兵衛は一息間を置いた。


「この陸奥の地は山の幸、海の幸、さらには金銀の鉱山もある恵まれた土地です。奥州藤原氏があれほど繁栄したのも、陸奥という土地があったからです。しかし、藤原氏は滅びました。源頼朝という全国の武士を束ねた男によって」

「商人の前口上は長くていかんな。結論を述べよ」

「茶器が価値あるものに変えた男、中央を再び束ねつつある男、その男の情報を得られる者。それをお探しですな」

晴政は微かに笑った。

「そうだ。わしはこんな茶器には興味がないが、茶器に価値を与えた男には興味がある。

『三日月の丸くなるまで南部領』

そう言われていても、内情は苦しいものよ。

南部氏は多くの氏族があり、お世辞にも一枚岩とは言えん。津軽地方は、未だに飢えに苦しんでいる民が多くいる。そんな時に中央を制した覇者に攻められたら、ひとたまりもないだろう。さてと善兵衛に聞く。織田信長とは、どんな男だ。正直に答えよ」

善兵衛が強く手を握りしめたのが分かった。


「今は尾張、美濃という二ヶ国を制したばかりですが、この男は勢いを止めることなく京に上るでしょう。中央を制するのは、織田信長とみて間違いないかと私は思います」

「網干屋善兵衛。全国を渡り歩く商人よ。

数多くの大名をその目で見てきたというお前が、織田信長が中央を制するという、その理由を知りたい」

「商業への関心の高さでございます」

「ほう」

「甲斐の武田、越後の上杉、畿内の三好、越前の朝倉、湖北の浅井、中国の毛利、いずれも優れた軍を持っていますが、それを支えているのは金です。どんなにつよい軍でも腹が減れば飯を食い、戦えば刀を失う。

しかし、金さえあれば補うことが出来ます。

織田信長はこの点に着目して動いております。美濃で始めた楽市楽座が一つの例です」

「楽市楽座の話は知っている。大胆なことをしたものだと思った。楽市楽座をするためには、織田信長がすべての支配者である必要がある。南部氏のように、一族で代々の土地から税を取ってきたものには真似出来ぬやり方だ。昔からの土地と共に生きていくというやり方とは、大きく異なる」

「織田信長のやり方は、これまでの武士のやり方を、根底からひっくり返すものでございます。彼が目指す世界は、商人が自由に商いを出来る世界です」

晴政はそれを聞いて、小さく笑った。

「なるほどな。織田信長に関してのお前の見方は分かった。だが、肝心のところをお前は答えておらん。なぜ我ら南部に織田信長の情報を売りにきた。お前の口振りを聞くに、織田信長の支配する世界となった方が生きやすいのではないか?」

善兵衛もニヤリと笑った。

「私は商人、それもなんでも売る『何でも屋』でございます。情報というものは、鮮度と希少性が命。誰にでも売ったら、商品価値が下がります。どうせ売るなら価値を理解して、高値で買って下さる方に売りたいのです」

大声をあげて晴政は笑った。

笑い声が、悟の腹に太鼓のように響いた。

優れた武将はよく響く声を持っていると、なにかの本で読んだが理解出来る気がした。

「いいだろう。だが一つ覚えておけ。

わしは情報を得る手段をいくつか持っておる。お前のもたらす情報が、要らぬものと思えば、お前は陸奥の国を出入り禁止とする

爪先一つでも入ったら、その首はね飛ばす」

それを聞いて善兵衛はにっこりと笑い、頭を下げる。

「かしこまりました。これからは晴政様のお役に立つ情報を売りに参ります」


善兵衛はそう言った後、悟の腕を引っ張った。悟が晴政の正面に引き出される形となった。


「晴政様にはもう一つ、買っていただきたいものがございます」

「なんじゃ」

「この子ども、悟といいます。

これを買ってはいただけませぬか」

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