三戸ってどこ? 1-5

「どういうことだよ!!なんにも聞いてないよ!!」

「だから言っただろ。俺は何でも売るって」


悟は文句を言おうとしたが、善兵衛の目を見て、少し考えた。

善兵衛が売りたいものは情報、悟を売るというのは悟の知っている歴史の知識を売りたいという意味ではないか。


「ふむ。その者は未来から来たと言ったな。

どういうことだ。戯言にしては下らんな」

「悟、『けいたい』とやらを出せ」

善兵衛の言葉に頷き、携帯電話を出した。

善兵衛を撮った動画を再生する。

「なんだ・・・これは」

不思議そうに晴政は動画を見て、善兵衛を見た。

「善兵衛はここにおるのに、この中にも動いておる」

悟は出来る限り分かりやすく、携帯電話の説明をした。

それから晴政の写真を撮ってみせてみた。

「面白い玩具だな。南蛮渡来の品でもない」

晴政は携帯電話を目を細めて眺めた。

「悟といったな。お前は何者だ」

悟はここに来た経緯を話した。

「俄かには信じ難いが・・・お前はこの時代のことを知っているな。どうなったのだ」

悟は話した。

織田信長のこと、豊臣秀吉のこと、徳川家康のこと、江戸時代のこと、やがて武士の時代が終わること、正直に包み隠さず話した。

晴政は江戸時代以降には、あまり興味を示さなかった。武士の時代が終わると聞いても、それほど反応をしなかった。

「やはり織田信長か。

あとの2人は信長のつくった土台を利用したに過ぎんな。

しかし、それほどの勢力を有しながら、家臣に謀反にあい散るのか」

しばらくの間、晴政は顎を撫でて考え事をしていた。

「陸奥はどうなった?南部家はどうなったのかは知っているか?」

「いえ。分かりません」

悟は首を振った。

悟の知識は、三英傑や歴史の教科書については豊富だったが、東北地方については何も知らなかった。

しょうがないとはいえ、申し訳ない気持ちになった。

「そうか。悟、お前に聞いてみたいことがある」

「なぜ織田信長は、これほどまでに巨大になったと思う」

悟もこれは考えたことがあった。

「これまでの大名が、しなかったことをしたからです」

「例えば」

兵農分離の話をした。

それまでは足軽も土地を持っていて、いわば足軽と農民を兼業していた。

それを土地から切り離すことで、常備軍とすることで迅速な軍事行動を可能にした。

「ふむ。これは先ほどの善兵衛の話とも繋がってくるな。

信長は金を使うことで、兵士を養う。

だから米を気にせずに戦えるという訳か」

納得したように呟き、それから長いため息をついた。

「そして、それは我が南部家には無理な話だ。

土地と繋がりの深い者が多過ぎる。

わしもその者たちを土地から切り離すほどの力はない」

晴政の目には、諦めの色が浮かんでいた。

これほど広大な土地の領主が、なぜ出来ないというのか、悟は聞きたかったが聞ける雰囲気ではなかった。

そして悟の方を見て少し笑った。

「善兵衛、こいつは買えぬ。面白い品ではあるが、わしには不要じゃ」

晴政は出ていけと手を振った。



外に出てから、善兵衛は背伸びをした。

「善兵衛さん、どういうことだよ!!

俺を売るなんて聞いてなかったよ」

「俺は風来坊だ。金の匂いがする方に流れていく。お前は一カ所に留まり、未来へ帰る方法を考える方がいいだろう。

それにお前が入った掛け軸は、南部家に関係するものなんだろう。

なら、この地に留まり掛け軸を探してみた方がいいだろ。

南部の殿様に仕えていたら、それが楽になる。

そう思ったんだよ。

いきなり言ったのは悪かったな。

事前に言っていたら、緊張して構えてしまうかと思ったんだ」

2人は城下町に出て、ブラブラと歩く。

団子屋があったので、善兵衛は腰を下ろした。

運ばれて来た団子は甘くなかった。

しかし、お茶と一緒にいただくと心がホッとした。

「善兵衛さん、なんで晴政さんは自分には無理だと言ったの?」

悟の質問に、善兵衛は難しい顔をした。

「南部家ってのはたくさんの氏族がいる」

善兵衛が地図を出して広げた。

「まず八戸氏、これは下北地方を支配している」

青森県の下北半島をコンコンと指で叩く。

「ここは南部氏の一族でも力がある。

今はなんか、親子喧嘩しているみたいだが・・・

息子の方、八戸政栄(はちのへ まさよし)は、なかなかの男だと聞く。

あとは九戸氏。これは糠部郡(ぬかのぶぐん)において、三戸南部と並ぶ力を持っている」

青森県の東部から岩手県の北部を指でなぞっていく。

「当主の九戸政実(くのへ まさざね)は、武勇に優れた武将だといわれている。

他にも、九慈氏、東氏、北氏、南氏、石亀氏、毛馬内(けまない)氏と沢山の氏族がある。

これらの連合によって成り立っているのが、南部氏という訳だ」

晴政のどこか暗い目を思い出した。

何事も自分の好きに出来る訳ではないのだ。

悟がしてきたゲームでは、部下にすれば何でも思い通りにさせることが出来たが、実際はそんな訳にはいかないのだ。

「まあ、これは南部氏に限った話ではないがな。

俺が織田信長を評価してるのは、そういったしがらみを断ち、直轄の部下を使い、戦っているという点にもある。

なにかあった時に、即座に動ける軍は強い。

いちいち、一族の誰々がまだ来ていないなどと気にする必要がないからな」

「善兵衛さんは、信長には情報を売りに行かないの?」

「信長には優秀な間者が沢山いる。

そいつらが、いくらでも情報は運んでくる。

まあ商売という意味では、利用しようとは思っているがな。

お前の話はとても有益だったよ。

信長がこれからどう動くのか、教えてくれたからな」

そう言って、最後の団子を串から引き抜いた。

「さてと商売目的の方は果たせたが、悟を買ってくれはしなかったな。

どうするかな・・・」

腕を組んでウンウンと唸る。

しばらく唸った後、手をパチンと叩いた。

「父親が駄目なら、息子の方だ!!」

「息子?晴政さんの息子?」

「おうよ!信直っていう、少し変わりもんの息子がいるから、そいつならお前を面白がって買ってくれるかもしれんぞ!」

「俺はペットの犬じゃないやい!!」

悟の文句も聞かずに善兵衛は、三戸城の方に引っ張っていった。

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