三日月が丸くなるまで(戦国時代の陸奥の国にタイムスリップした少年の話)
伊達ゆうま
三戸ってどこ? 1-1
「じいちゃん!!この掛け軸、いつの?」
悟は埃まみれの倉庫で咽せながら、じいちゃんに声をかけた。
悟のじいちゃんは、歴史好きで古い壺や掛け軸を沢山持っていた。
ばあちゃんが言うには、どれも価値のない偽物だが、じいちゃんには大切な宝物だそうだ。
じいちゃんはよく悟に歴史の話をした。
織田信長や豊臣秀吉、源義経、新撰組、本で読んだ話を面白おかしくアレンジして、悟に話した。
悟が歴史好きなのは、間違いなくじいちゃんの影響だ。
様々な歴史の本を読み、ゲームでも歴史ゲームばかりしていた。
漫画も歴史ものばかり。
最近は戦国時代にタイムスリップしたものにハマっている。
主人公が織田信長などの英雄を助けて活躍する様は、とても読んでいてワクワクした。
学校のテストの成績も、歴史だけはいつも1番だった。好きなことが、テストに出るので、歴史の時間だけは大好きだった。
じいちゃんは、それを喜び、さらに沢山の本をくれた。
ばあちゃんやお母さんは、歴史よりも数学や英語も学ぶべきと言っていたが、じいちゃんが2人を宥めてくれた。
中学一年の夏休みに実家に戻った悟は、新しいコレクションが届いたと、じいちゃんに言われて、さっそく見に行ったのだ。
「この掛け軸はな。戦国時代に描かれたものじゃ。
これは陸奥の国の武将じゃそうだ」
掛け軸には、鎧甲冑をつけた武士が描かれている。
人物画のようだ。
やや垂れ目で猛将というには程遠い感じの人物だ。
「陸奥の国ってどこなの?」
「今の青森県、岩手県、宮城県、福島県、秋田県の一部を合わせて、陸奥の国という」
「広いね!!」
悟は描かれている武士を指差した。
「それで誰なの?」
じいちゃんは、首をかしげる。
「なんと言っとたかな?
確か南部・・・南部・・・忘れた」
そう言って豪快に笑った。
じいちゃんは、困るととりあえず笑う。
だから、悟もとりあえず大声で笑う癖がついた。
お母さんは文句を言っていたが、ついてしまった癖はなかなか直らないものだ。
「購入した時に貰った説明書があった筈じゃ。
確かタンスに入れてたから、もってくる」
じいちゃんはそう言って倉庫から出て行った。
悟は埃取りをパタパタさせて、埃を飛ばしていく。
倉庫の入り口は全開にしているが、7月の終わりだ。
暑くてたまらない。
タオルで汗をぬぐう。
「ん?」
掛け軸の人物が笑った気がした。
目をこすってもう一度見る。
やっぱり変わらないヘタレ顔だ。
「なんだよ!脅かしやがって」
悟は掛け軸の人物の顔に、埃取りをパタパタさせようとする。
「ウワッ!!」
悟は思わず埃取りを手放した。
掛け軸の中に埃取りが、スルスルと吸い込まれていったからだ。
じいちゃんに知らせねば!!
由緒ある一品どころか、とんだ呪いの掛け軸だ。
ほっといたら、枕元にでも出てうなされる!
悟は慌てて回ろうとしたために、足をくじいた。
「うわーーー!!!」
よろけた体が、掛け軸に倒れかかる。
掛け軸は、悟の体重に負けて倒れることはなかった。
悟の体は埃取りと同じように、スルスルと掛け軸の中に吸い込まれていった。
「悟!!こりゃ凄いぞ!この掛け軸の人物はな!!」
じいちゃんが倉庫に戻ると、掛け軸があるだけで悟はいなかった。
「なんじゃ、悟おらんのか?
寂しいのお〜。悟も反抗期が来てしもうたのか?
お〜い!悟〜!」
じいちゃんは、倉庫の鍵を閉めて行ってしまった。
暗闇となった倉庫の中で掛け軸が、金色に光りだした。
しばらく光っていたが、やがてもそれも止んだ。
それっきり掛け軸は、なんの反応も見せなかった。
「ここ、どこだ?」
悟は知らない場所に立っていた。
見渡す限り、田んぼ、山、田んぼ。
悟が立っている道は、コンクリートで舗装されていない固い土だ。
「これは夢?」
悟は自分の頰をつねってみる。痛い。
どうやら夢ではないようだ。
「ん?どうした坊主。そんな所に突っ立って」
通りかかった人を見て、悟は絶句した。
時代劇や大河ドラマで見た戦国時代の人の格好だったからだ。
「ん?妙な格好だな?どこから来たんだ?」
この男は商人のようだ。
悟の格好はこの時代には不自然なものだが、男は真剣に心配している。
「おじさん。ここ、どこだい?」
「どこって、坊主攫われでもしたかい?」
「教えてよ!ここ、どこ!」
男は悟の真剣な顔に怯みながらも、答えた。
「そりゃあ、ここは三戸(さんのへ)だ。
南部氏の支配する地域だ」
「南部氏?さんのへ?」
悟の頭に疑問符が浮かぶ。
男が懐から地図を出した。
「今は永禄10年、三戸はここだ」
地図の一点を指差す。
「東北だ・・・」
悟の住む東京から、遥か北の青森県だ。
「南部氏を知らないとはな。坊主、ここでどうやって生きてんたんだよ」
男が地図上をゆっくり指でなぞっていく。
青森県ほぼ全域と岩手県の北部辺りまで、指はなぞっていった。
「広いだろ。俺ら、商人がどんなに急いでも、三日月が綺麗な満月になるまで時間がかかるほどの広さだ!
『三日月の丸くなるまで南部領』
だから、そう言われている」
悟は愕然としていた。
「俺、知らないよ・・・南部氏も三戸も・・・」
戦国時代にタイムスリップした漫画やアニメは、悟もよく見ていたが、大体が織田信長が出てくる話だった。
そこら辺の知識や出来事は、悟も丸暗記していた。
しかし、ここは中央から遠い遥か東北。
何が起きていたのか、歴史の教科書には載っていない。
せいぜい豊臣秀吉の東北征伐で、少し扱われるくらいだ。
誰がどうなったなど書かれていない。
悟が好きな歴史シュミレーションゲームにも、南部氏は出てきていたとは思うが、いつも織田家を使っていた悟には、いつも間にか上杉謙信に滅ぼされている印象しかない。
こんなことなら、もう少し東北地方もプレイしとくべきだったと後悔をしていた。
悟の心情など分かる筈もない男は、どうしようかと悟を見ていたが、いい考えが浮かんだのかポンと手を叩いた。
「お前、身寄りがないなら、俺の荷物運びはどうだ?ちょうどこれから商品を仕入れに行くし、人手が欲しかったんだ。
飯くらいは出してやる!」
悟は男の言葉に頷いた。
このまま、ここに放り出されたら腹ペコで飢え死にするのがオチだ。
「俺は善兵衛だ。お前の名は?」
「悟だ」
「変わった名だな。
三戸城まで行くから付いて来い」
早足で歩き出す善兵衛に悟は慌ててついて行った。
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