三戸ってどこ? 1-2

悟は善兵衛の後を歩きながら、この時代のことを考えていた。


永禄10年


善兵衛はそう言った。

永禄という元号は覚えている。

確か永禄3年に、桶狭間の戦いが起きていた。

西暦では1560年だから今は・・・1567年だ。

この頃の信長は、斎藤龍興を美濃から追い出している。

稲葉山城を岐阜城と改めて、「天下布武」のもとに一気に天下への道を走り出した時期だ。


「で、その頃ここはどうなってんだろう?」

悟の独り言が聞こえたのか、善兵衛は小さく笑った。

「お前は変な子どもだな。

真面目な顔をしていたかと思うと、変なことを言う」

善兵衛は興味津々といった感じで悟を見ている。

「善兵衛さんは、商人といってたけど何を売ってるの?」

善兵衛はニヤッと笑う。

「なんでもだ。人が欲しがっているものなら、なんでも手に入れて売る。

まあ1番の稼ぎは海での交易だな」

「へぇ〜。三戸には何しに行くの?」

「頼んでいた品が来たって連絡があったから、取りに行く」

「頼んでいた品って何?」

「唐物茶入(からものちゃいれ)だよ」

「からもの・・・?」

「まぁ、お前みたいな子どもには、価値は分からんだろうな」

そう言って楽しそうに笑った。

「これを持ってご挨拶に行くんだよ。

今後ともよろしくとな」

「誰に?」

「この国の主『南部晴政』だ」

どうだとばかりに善兵衛は言ったが、悟はあまり驚かなかったので、がっかりしていた。

「さっきもそうだが、お前どこの生まれだ?」

「とうきょ・・・江戸だ」

「江戸か!あんな田舎から出てきたのか!」

ここも十分田舎だと思うが、悟は黙っていた。


この時代の江戸は、徳川家康が支配する前で、荒地だったということは社会の先生が話していた。

悟の時代なら東京生まれは都会っ子ということで、地方では憧れの存在となる・・・らしいと、転校した友達が言っていた。

改めて遠いところに来てしまったと思った。

善兵衛は江戸と聞いて、何やら機嫌がよくなったようだ。

コロコロと感情表現豊かな男だ。

「お前、年の割には落ち着いてるな。

知らない場所に来たなら、もう少し慌てて泣き喚くもんだ普通は」

「うーん。なんかイマイチ状況が分からなくて。

まあ、なんとかなるでしょ」

悟の言葉を聞いて、善兵衛はニヤッと笑う。

「おうよ!なんとかなるって考えて行動すりゃ、本当になんとかなるもんだ。

俺がそうなんだからな」

善兵衛は楽しそうに笑う。


2人はしばらく互いのことを話しながら歩いた。

善兵衛は、大阪の商人の家に生まれらしい。

商人になりたくなくて、親と喧嘩して家出をしたそうだ。

それなのに、必死で生きるうちに、いつも間にか親と同じことをしていたと笑った。

「俺はどうも、武士や僧侶には向いてないらしい。金が好きだからかな」

悟も自分のことを話してみた。

なんとなく善兵衛は、分かってくれそうな気がしたからだ。

未来から来たこと。

東京という遠い場所から来たこと。

善兵衛は最初は面白い話だと笑っていたが、悟が証明のために出した携帯電話を見て、笑うのをやめた。

「なんだこりゃ?」

悟がカメラ機能を使い、善兵衛を撮った。

「ほら!善兵衛さん映ってるよ」

写真を見た善兵衛は、目を細めた。

「小さい鏡か、こりゃあ⁉︎」

今度はビデオ機能を使った。

歩く姿や話す姿をビデオに撮った。

今度は目を丸くして驚いた。

「お、俺が、2人いる⁉︎」

悟は携帯電話のことを簡単に説明した。

「なるほどな。

伝書鳩の進歩したものなんだな。

考えたやつは凄いな」

善兵衛はフンフンと深く頷く。

例えは間違いではないが、当たりともいいにくい気がする。

それからは好奇心を剥き出しにして、善兵衛は根掘り葉掘り未来のことを聞いてきた。

「へえ〜。武士はいなくなるのか。

けど商人はいるんだな。

俺の選択は間違いじゃなかったな」

「善兵衛さん、武士がいなくなるのは、あと300年くらいかかるよ。それまで生きるつもりなの?

「それもいいかもな。

お前の話を聞いていたら、不老不死の薬を探してでも、生きてみたくなるな」

「そんなに楽しくないよ。

毎日、毎日、勉強ばっかで」

悟の言葉に善兵衛は大きく笑った。

「そうか。そうか。それは大変だな。

けど、父ちゃん、母ちゃんは元気なんだろ?」

「うん。うるさいくらいだよ」

「けど、みんな元気で平和なんだろ」

頷く悟の頭を善兵衛は、ガシガシと乱暴にかき回した。

「それならいいじゃねえか。

早く帰らないとな」


日も高くなってきてお腹が空いてきた。

「そろそろ飯にするか!」

善兵衛が背負っている風呂敷から、おにぎりを取り出した。

道の側にちょうどいい木陰があったので、腰を下ろした。

ずっと炎天下の中を歩いてきたので、木陰の涼しさが身に染みる。

クーラーの風よりずっと気持ちいい。

「本当は俺の昼飯だったが、お前にもやる。

だから、少ないかもしれないが、城下まではこれで我慢だ」

おにぎりは、白米だけでなく稗や粟も混ざった雑穀おにぎりだ。

「しょっぱ!!」

口をすぼめる悟を見て、善兵衛は竹筒を渡した。

「これくらい塩が効いてないと、すぐ悪くなるからな。梅干しも美味いぞ〜」

梅干しもビックリするほど酸っぱいが、その酸っぱさが疲れを飛ばしてくれる気がした。


しばらくは2人でおにぎりを食べながら、空を見ていた。

鳶(とび)が遥か上空を飛んでいた。

独特の鳴き声が聞こえてくる。

「のどかだなぁ〜」

この風景だけなら、平和そのものだ。

けど今は戦国時代なのだ。

平成の時代ではない。どうやって帰ればいいのか。

悟はボンヤリと考えた。

来るときに入った掛け軸は、こちらにはなかった。

同じ掛け軸がこの時代にあるのか。

それも分からない。

分からないことだらけだ。

まずは、この時代の偉い人に会うしかない。

本当なら信長に会いたかった。

本や漫画の信長は、未来のことを理解していた。

それは彼が先見の明を持っている人物だったからで、悟がこれから会う南部晴政という人物が、信長のように未来の話を受け入れるかは分からない。

それでもと、悟は横を見た。

善兵衛は食後の用を足しているところだった。

それも大の方だ。

どうりで匂うと思っていた。

「善兵衛さん、せめて見えないところで、うんこしてくれよ!!」

「なんだよ!畑で糞すれば、肥料になって持ち主は喜ぶだろ!

むしろこっちが金を貰わないと割に合わないぞ!」

悟は鼻を摘みながら笑った。

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