陸奥の桜 3-3

「どういうことだよ!!!」

直義は真っ青だったが、言葉ははっきりとしていた。

「花見から帰られたあと、疲れたからと早めに眠られて、それから部屋を出てこなくなった。

それで心配した護衛が、声をかけても返事がなくて入ると、殿は息をしていなかったそうだ」

「確認はしたのか、護衛の勘違いじゃないのか」

直義は首を横に降る。

「今、信直様や信愛殿が確認している。

お前はここで待つようにとのご指示だ」

直義の言葉が終わる前に、悟は部屋を出た。

「悟!!待てッ!!」

直義の言葉を背中で聞きながら、廊下を走った。

慌てて草鞋を履き、晴政の屋敷に向かった。

家の前には、護衛が10人ほどいた。

「悟殿、ここはお通し出来ません!!」

止めようとする護衛の脇をすり抜けた。

晴政の部屋を前には信直がいた。

「信直様!!!」

「悟、来るなと言っただろう」

「けど、そんな訳・・・晴政様は今日、あんなに元気にしてたのに!そんな訳、ないですよね!」

部屋を覗いた悟は、ペタンと廊下に腰を落とした。



布団の上で息をすることなく、横たわる晴政の姿があった。



医師らしき男が、俯いていた。

「殿はこれまで、ずっと重圧に苦しみ、漢方薬を飲み続けておられました。

死因は、その重圧による心労なのではないかと」

「そうか。分かった」

信直は落ち着いた声で返事をした。

「もうすぐ奥方様も来られる。

私たちがいては邪魔になる。戻るぞ」

信直は悟の腕を取り、自分の部屋へと戻った。



「悟、動揺する気持ちは分かる。

正直、私も動揺している。

だからこそ、落ち着こう」

直義が水を持ってきた。

2人は一気に水を飲んだ。

「明日、話し合いが行われる。

まずは葬儀のことに関してだが、それが落ち着けば、次に話し合うのは、後継者についてだ。

あまりにも突然のことなので、遺言もない」

「信愛さんは」

「今、各氏族に詳細を知らせて回っている。

事がことだけに、彼が直々に言わなければ、信じてもらえないだろう。花見で皆が集まっている時だったのはよかった。家中の重要人物はここに揃っている」

信直は悟の肩に両手を置いた。

大きく暖かい手だ。

「悟、お前はなにも心配しなくていい。

だから、今日はもう寝るんだ」

信直の部屋を出て、自室に戻った。

直義も部屋に戻ってきた。



「人はいつかは死ぬ。

父上が言っていたけど、まだ慣れないや」

直義がポツリと言った。

「戦場でも人は死ぬけど、それはまた違う。

武士は死ぬことも覚悟して戦に望んでいる。

強ければ、死ぬことを避けることも出来る。

病で死ぬことは、誰も避けられない。

どんなに偉い人でも、貧しい人でも同じだ。

けど、辛いことには変わりがないな」

直義は鼻をすすって、目を擦った。

悟も鼻をすすった。

涙も鼻水が止まらなかった。

晴政とは、特別好きとか嫌いとかの感情はなかった。ただ南部家の惣領として、苦しんでいることは分かっていた。

今回のお花見の件で礼も言われた。

何も出来ない自分でも、少しは役に立てると嬉しかったのに、喜んでくれた晴政は、この世にはもう居ない。

頭が、気持ちが整理出来ずに、グルグルと回っていた。

「直義、俺、思ったんだ。

医者から死因は心労によるものって聞いて、俺のせいじゃないかって。

これまでずっと、心労を抱えていたのに、俺のせいで、心が緩んでしまって、それで亡くなったんじゃないかって」

「違う!!そんなことない!!!」

直義が大声を出した。

初めて聞く直義の怒った声。

「お前は、晴政様がこのままずっと重圧に苦しめばいいと思っていたのか」

悟は首を横に振って否定する。

「殿はお前が助けなければ、ずっと重圧に苦しんだままだったんだ。

それを解決したいって思うのは、当然の事だ!

お前は、なにも悪くない!!」

そう言って、直義は大声で泣き始めた。

「なんでお前が泣くんだよ」

悟は涙を拭いて、近くのちり紙を直義に渡した。

直義は豪快に鼻をかんだ。

「殿はきっと苦しまれることは、なかったと思う。すごく穏やかな顔をしておられたから」

直義の言葉に頷く。


「悟。俺、南部家に代々伝わる茶入を掃除してて、うっかり壊したことがあってさ。

父上が慌てて責任取るって言ったんだよ」

武士の責任を取るとは腹を切ることだろう。

「俺は父上に腹を切らせたくなくて、自分が腹を切りますと殿に言ったんだ。

そしたら、殿が『お前が腹を切ったら、わしも切る』って言ってさ。

脇差を抜いたんだよ。

父上は大慌てで殿を止めて。

そしたら殿が『茶入は大切だが、直義の命と比べれば何ほどのものでもない。

それでも、腹を切るというなら、わしも家臣を無駄死にさせた責任を取って死ぬ』と言われたんだ。

殿は確かに気難しいところはあったけど、心の底では、人を大切に思う方だったんだよ。

だから、南部家がまとまらないことに心を痛めていたのだと思う。

それを救ったのだから、絶対に悟は悪くない!!

悪く言う者がいたら、俺が許さない!」

直義の言葉に、また涙が溢れてきた。

「ちり紙足りないや。直義、ちゃんと用意しとけよ、もう」

悟より先に落ち着いた直義は、スッキリした顔で言った。

「葬儀とか跡取りとか、問題はあるけど、信直様や信愛殿がなんとかしてくれる。

悟はいつもどおりにしてくれたら、それでいい」

最後のちり紙で顔を拭くと、悟は笑った。

笑うことが出来た。

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