5年後(8)


 写真でしか知らない死んだ男の顔を思い出す。


 女性はなにげに左にはめた腕時計をのぞき込んだ。


 店内を見回すといつの間にか客は僕たちだけになっていた。


「そろそろ連れがくる時間だわ」


 女性は目の前を片づけ始める。


 トレイを持って席を立つ女性に問いかける。


「五人目の協力者は?」


 女性は窓の外に顔を向け笑みを浮かべると手をひらひらとふった。


「男をひいた電車の運転士よ」


 じゃあね、と女性は店の入り口へと歩いて行こうとして立ち止まった。


 僕を振りかえる。


「私たちを捕まえられないわよ。だって証拠がないもの。それに」


 にっと口の両端を上げる。


「面白い作り話だったでしょ。ね、警官さん」


 涼しい目をして彼女は言った。


 最初から僕に気づいていたのだ。


 自動ドアが開き雨の匂いが吹き込んでくる。



 赤い傘をさす女性を待っていたのは、あの白い横顔をした運転士だった。


 店には僕ひとりだけになった。


 窓を激しく雨が叩く。

どれくらい僕はそこに座っていただろう。


 店内が客で混み合ってきた。


 いつの間にか昼近くになっていたようだ。


 目の前のコーヒーはすっかり冷めきっている。


 雨に濡れたい気分だった。


 家に帰ったら熱いシャワーを浴びよう。


 そしてテレビでも見ながらビールを、いやもっと強い酒がいい。


 それを何杯かひっかけて毛布に包まって寝るんだ。


 でも今はまだもう少しここで静かに雨を眺めていた気分だ。



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