新人警察官(1)


 その日は霧雨のような細かな雨に濡れる朝だった。


 僕は春になったばかりの新人警察官で無駄に気合いだけ入って仕事はてんで空回り、という毎日を送っていた。


 署に連絡が入ったのはまさに通勤ラッシュ時のど真ん中の時間帯で、その時は「ついにきたか」と思った。


 月曜の朝に多いと聞く人身事故が僕の配属された署の最寄り駅で起きたのだ。


 こういう天気が悪い日はとくに心理的にやられるようで晴天の日の二倍、飛び込みが多いと聞いていた。


 現場に到着した時はすでに遺体は駅員の手によって線路の脇に寄せられ青いシートがかけられていた。


 バラバラになった肉片を集める覚悟はしていたつもりだったが、やはりどこかほっとする。


 それでもシートの下を想像し込み上げてきた酸っぱい胃液が口の中に広がった。



 不安そうな人々の視線に見守られながら先輩の指示に従い濡れたホームに立ち入り禁止のテープを張る。


 事故の影響を最小限にするために、素早く現場検証を終えると“通常運転”に戻す指示を出す。


 事故列車の乗務員が駅に戻ってきたところで事情聴取が始まる。


 運転士、車掌、そしてホームにいる目撃者たちがその対象だ。


 青白い顔をした運転士はまだ若く、もしかしたら僕と同じこの春の新人かも知れない。


 事故に遭遇するとトラウマになる人も多いと聞く。


 僕は密かに若い運転士に同情した。


 ホームにいた目撃者は全員で六人いた。


 仕事をバリバリこなしそうな女。


 僕はこういう女は苦手だ、なんだか見下されているようで落ち着かない。


 それはいいとして、あとは会社員の男二人に大学生の青年、年の差のある夫婦。


 同じ年上の女でも僕だったら絶対こっちがいい。


 まだまだ色気があるのに、妻というより介護人のような役割をしなければいけない男となぜ結婚したのだろうか。


 あ、余計なお世話だった。


 そう、その六人と若い運転士はみな口を揃えて言った。


 ふらりと飛び込んだ。

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