夫(1)


 私はいわゆる人生の成功者だ。


 いや、だった。


 二十代で設立した事業は最初こそ小舟が荒波の海を渡るようだったが、最後は穏やかな大海原をゆっくりと進む絶対に沈まない豪華客船になっていた。


 私は何もかも手に入れた。


 金も名誉も若い妻も、そして妻には内緒だか孫でもおかしくないような若い愛人たちも。


 あの日までは。


 まさか自分が振り込め詐欺に引っかかるとは夢にも思っていなかった。


 ニュースを見るたびに鼻で笑っていた。


 そんな手口に引っかかるバカな老いぼれめが、と。


謝礼をするから社債の購入費用を立て替えて欲しいなど、普段の私だったら絶対に了承しなかった。


 だがあの時は少し冷静さが欠けてしまっていたのだ。


 妻が愛人の一人の名前を口にしたものだから。


 耳の遠くなった私の代わりに電話を受ける妻がふいに言ったのだ。


「メグって女知ってるかおまえ」


 愛人の一人や二人、妻には黙らせとけと思われるかも知れないが、私の妻は妻でもあったが私の女王様でもあった。


 さすがに私の立場上、人目のつくところでは献身的な妻を演じているが、二人きりの時は私を心ゆくまでなじり倒してくれる。


 私の愛人たちはみな私の性癖を知らない普通の女たちだ。


 いつその事が妻にバレるかと怯え、バレた時に妻から与えられる罰のことを想像すると、私は今までに感じたことのない恍惚感に包まれた。



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