バイトの大学生(2)


 男は店の入り口に置いたビニール袋など見えてないのか、傘の先端から水滴を床に落としながらレジの前に立った。

 

 僕の体が一瞬硬直する。


 その顔は忘れもしないあの原チャリの男だった。


「コーヒー」


 男は僕の顔を見ずに無愛想な声で言った。


「サイズは何にされますか?S、M、Lとございますが」


「S」


 男は面倒くさそうに答える。


「ホットですか、それともアイスに」


 僕が最後まで言い終わらないうちに「ホットだよ。っくせーな」男は舌打ちをした。


 男が放り投げた小銭が僕の足元に転がる。


 しゃがんでそれを拾い、顔をあげると男と目が合った。


 


 男は僕を覚えてなかった。


 今まで加害者である男を憎んだことはなかった。


 路上を走っていた僕も悪かったし、事故のあと何度も家に来て頭を下げた男は誠実な人間に見えた。


 あれからまだ二年も経っていない。


 なのに男は僕の顔を忘れていた。


 まるであの事故のことも忘れてしまったかのように。


 男は周りの客の迷惑も考えず電話をしながら笑っている。


 その軽薄そうな姿は僕の家の玄関先で頭を下げた同じ男とは思えなかった。


 男に一生事故のことを後悔して生きて欲しいなどと思っていない。


 そりゃ嬉しいこともあれば笑いもするだろう。




 でも。




 でも無性に腹が立った。

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