我らおっさん・サークル「異世界召喚予備軍」
虚仮橋陣屋(こけばしじんや)
第一話 サラリーマン・寺崎正・四〇歳
私は『つまらない人間』なのだそうだ。
それを口にしたのはカミさんと高校二年生になる娘だ。
言われてみて、
酒はほとんど呑めず、パチンコや競馬などといったギャンブルはやらない。ましてや女遊びもせず、せいぜいが女性が隣に座るスナックに無理やり連れていかれたのが数回といったところ。向こうもさぞや困ったことだろう。酒も呑まず、さりとて弁が立つ訳でもない。申し訳なさそうに冷えたコーラのグラスを両手で抱えたまま、周りに合わせて、うん、うん、と頷いているだけの客だ。扱いづらいことこの上ない。逆の立場なら、帰れ、と言いたいところだ。
家に帰ったところでさして変わりはない。野球やサッカーといったスポーツにも興味がなく、流行りのドラマもバラエティ番組も観ない。日々の情報収集はスマホで事足りるので、父親然とした態度でソファーに陣取り、新聞紙を広げて、ふむ、と
帰宅したら手洗いうがいをし、悠々と夕飯を片付けてから、一番最後に風呂に入って明日のための風呂掃除をする。それから歯を磨き、無駄なあがきと知りつつも男性用ローションをぺたぺたと顔に塗り、ヘアトニックで頭皮マッサージをすれば後は寝るだけの男である。
特別気負うこともなく、家族のために毎日黙々と働く。
ずっとそれで良いと思っていた。
さて、昨日の晩だ。
「貴方って大学生の頃は、やれ海だ、スキーだ、ってあちこち連れて行ってくれたわよね。何て言ったっけ……ほら、あの頃乗ってた赤いファミリアでさ」
「そうだったかな……。うん、そうだな。ん? 何処か行きたいところでもあるのかい?」
「そうじゃないの。そうじゃないんだけど――」
カミさんは曖昧な微笑みを浮かべて考え込んでから、
「何だか最近、貴方の趣味って何だっけ、って思っちゃったのよね。何か……あるの?」
そう尋ねた。
私はその問いに答えることができなかった。
「ひっどーい! 趣味の一つくらいあるって。でしょ、パパ?」
娘の綾乃はカミさんの問いに眉を
そして結論として、私は『つまらない人間』だ、となったのだった。
カミさんとも娘とも仲は悪くない。むしろ好いていてくれているとの自負がある。だからこそ、割と真面目腐った顔付きで『何か趣味の一つでも持ってみたら?』と二人に言われた時から、妙にそれが心の何処かに、ぷらり、と引っかかっていたのだ。
だからかも知れない。
だからこそ、外回り営業の途中で必ず立ち寄る公民館の掲示板に貼り出されていた、その一枚の紙に興味を持ってしまったのだろう。
「サークル『異世界召喚予備軍』、メンバー募集中!
メンバー:三〇代~五〇代が中心です。
活動時間:毎週、火曜・木曜の二〇時より二十二時まで。
どなたでも気軽に参加いただけるサークルです」
暑い日差しから逃げるように冷房の効いたエントランスに飛び込み、トイレで手早く用を足してから自動販売機で購入したよく冷えたミネラルウォーターを、ぐびり、と喉へと流し込みつつ、ハンカチと一〇〇均で買った安っぽい扇子を駆使していまだ流れ出る汗と格闘していた私の目に、その手製のポスターだけが鮮烈に飛び込んできたのだ。
「異世界……召喚……?」
馴染のないフレーズである。
そうなるとポスターに描かれている絵や文字から内容を察するしかないのだが、文字の方はさっきのそれが全てで、後はまるで中世の騎士のごとき扮装をした二人が、右手に剣を持ち、左手に構えた盾でそれを受け止めている、そういうイラストがあるばかりだった。
「うーん。ファンタジーって奴なのか?」
いくら『つまらない人間』である私でも、学生の、それこそ高校生の時分にはそういった物に触れる機会くらいはあった。剣と魔法。勇者と竜。そういう空想の世界がファンタジーだ。それくらいは分かる。あくまで知識として。
「けど、三〇代~五〇代が中心、っておっさんばかりじゃないか……」
しかし、考えてもみればそう言っている自分こそがど真ん中世代だ。ガラにもなくくすくすと忍び笑いを漏らしていると、公民館の職員のお姉様に(決して『おばさま』などと呼んではいけない)、じろり、と鋭い視線を向けられ、慌てて咳払いなぞをしてみる。
(――何か趣味の一つでも持ってみたら?)
そうかもな。
そうなのかもしれない。
私は誰も見ていない隙を
何故なら――今日は火曜だからだ。
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