第三章 おっさん、入会を決意する

 案の定、いつもより遅めの帰宅にカミさんは興味を持ったようだった。

 昨晩の会話だ。


「珍しいわよね。何処に寄ってたの?」

「公民館だよ。ちょっと気になる人たちに出会ったんだ」

「何、サークル活動みたいな奴? それともセミナーみたいなの?」

「うーん。どっちだろう……」


 曖昧に私は笑った。


 かく言う自分自身が何を見てきたのか、何を思ったのか整理できていなかったからだ。カミさんは我が道を行くタイプなので『そうなんだ』と言ったきり深く追求しようとはしなかった。気に入ったならそのうち話してくれるでしょ、と大らかに受け止める人なのである。




 水曜日は妙にそわそわと過ごしていた。




 そして、今日は木曜日である。

 業務を完了させた私の足は、自然と公民館へと向かっていた。


「おっ、寺崎さんじゃないですか。また来ちゃったかー。ほら、どうぞどうぞ――」


 北島さんである。今日は赤いラガーシャツだ。赤が好きなのだろう。改めてみるとずんぐりがっちりとしていて腕も足も太い。私とは大違いだ。


「今日も見学? それとも入っちゃう?」

「はは。それはどうでしょう。でも、皆さん楽しそうですよね」

「違う違う。楽しそう、じゃないの。楽しいんだよ、ホントに」


 今日の『会議室A』に集まっているメンバーも前回同様だ。総勢、八名。その中央で目を細めて微笑む龍ヶ峰さんと目が合ったので軽く会釈を返す。


「さて、始めましょうか。本日もよろしくお願いします」

「はい」

「今日は何やりますか?」

「ちょっと予感がしていたので、アレを持ってきました。英国の同士たちからお借りしているアレです。駐車場の私の車に積んでありますので、済みませんが運ぶのを手伝ってください」

「やった! ……おっと、そういやあ、山ちゃんと林クンはまだ着たことないんだっけか?」

「そッスそッス」


 いきなりメンバー全員が『会議室A』を後に、公民館専用の駐車場へと台車を抱えて出て行ってしまう。なので、手持無沙汰な私もひょこひょことそれについていった。まだ会話をしたこともないメンバーばかりだが、それぞれ目が合うとにこやかに軽い会釈を返してくれるので疎外感はない。


 何となくその流れに任せて、龍ヶ峰さんの物らしきデカいワゴン車からいくつかの段ボールを一緒に運び出しては持ってきた台車に積み上げる。見たことのないエンブレムだが、いかにも高級そうな車だ。あらかたそれも終わると、またカルガモの親子みたいに皆の後ろにひょこひょことくっついて元いた『会議室A』へと戻った。


「皆さんご苦労様です。では、早速着てみましょう。人数分ありますので」


 またもやおっさんたちの着替えタイムスタートだ。例のごとく長袖のぴたっとした黒いシャツに丈の長いタイツを履きこむ。ちょっとシュールな光景である。


「さあ、寺崎さんもいかがですか。ちょっと貴重な体験だと思いますよ?」

「え。はい。じゃあ」


 龍ヶ峰さんの言葉には催眠効果でもあるのだろうか。自然に頷いてしまった。


 どうやら私の為に準備してくれたらしい新品の黒シャツとタイツにいそいそと着替えているうちにそこここの段ボールが開けられ、中に入っていた代物がようやく私にも分かった。


「鎧……? いや、西洋の甲冑ですか、これ? 凄いな……凄い」

「でしょう。一部レプリカもありますがね。ほとんどは当時の騎士が身に着けていた物です」


 はい、と私の分の段ボールが前に置かれる。それから龍ヶ峰さんは全員に向けて告げた。


「最初に着るのは鎧下です。首回りや肘、脇の部分に鎖網を貼り付けたジャケットがあるでしょう。まずはそれを着てみてください。そこに空けられている穴に、それぞれのパーツを結び付けていきますからね。初めての人は古参のメンバーに聞きながら進めてください。パズルみたいで結構大変ですが、面白いですよ――」


 私には龍ヶ峰さんが専属でついてくれた。

 どうやら自分の分を私に譲ってくれたらしい。


 しかし、これは実に大変だ。金属板を加工して作られた一つ一つのパーツの厚みは一~二ミリくらいなものだが、それはそれでずしりと重い。一つ身につけるたびに鈍った身体に重量と負荷がかかってくる。


「こ、これ……全部でどのくらいの重さなんでしょうか?」

「そのプレートアーマーで二〇キロはありますかね。後期の物なのでそれでも軽いんです」

「うへぇ。これで戦場を駆けていたんですかね。とんでもないな」

「ははは。熟練者はその状態で颯爽と愛馬に飛び乗ったらしいですよ?」


 ようやくあらかたのパーツが装着でき、ほっとすると同時に全身に均等に重みが加わって、まるで背が三センチは縮んだ気がしてしまった。しかし、まだこれでも兜は被っていないし剣も持っていない。つくづく当時の騎士は化け物じみていると感心してしまった。


 安堵感から周りを見る余裕ができたので見回すと、『会議室A』には八名の騎士もどきが勢揃いしていた。成程、これは実に壮観である。


「いいですね、皆さん。実に良い」


 龍ヶ峰さんはぱちぱちと拍手をしながら一層目を細めて何度も頷いている。


「折角ですからね。兜を被ってしまうと誰が誰だか分かりませんし、このままで記念に写真を撮りましょうか。さあ、並んでください」


 私も背中を押されるようにして列の端っこに加わる。メンバーは少し気恥ずかしそうに笑い合いながら、それでも騎士然とありたいと胸を張り、思うように動かせない身体を駆使して精一杯思い思いのポーズを取った――ぱちり。


「本来、今皆さんが着ている板金鎧、プレートアーマーを着る際には、従者の手伝いが欠かせませんでした。なので、今日はちょっと意地悪なシチュエーションだったのです。これらは歴史上実に貴重な資料の一つでもあって、懇意にしている英国の同士、《ブリテン騎士友愛会》からお借りしている物です。改めて感謝の意を表したいと思います」


 がちゃがちゃと騒々しい音と共に、メンバーの拍手が起こる。


「さて、寺崎さん、ご感想はいかがでしたか?」

「は、はい。何だか奇妙な感じです。貴重な体験までさせていただき、感謝というか……」

「堅苦しいのは無しです。ここは会社ではありませんよ。ここにいるのは仲間、同志です」


 急に矛先を向けられ慌てた私のもごもごとした科白を龍ヶ峰さんはやんわりと遮った。


 あ、と周りを見ると、メンバーたちが嬉しそうに笑い返してくれる。

 理由なんて、それだけで充分だった。


「あ、あの……私も仲間に加えてもらえないでしょうか?」

「もちろんです。そう言っていただけるのではないかと思っていましたよ。なので――」


 しかし――まさかこうなるとは思っていなかった。


 丁寧に甲冑をしまい込み、再び龍ヶ峰さんの車に積み込んだ後、それは突然始まった。


「え? ほ、本気なんですか、これ?」

「本気です。大丈夫。それ用に調理させた物なので、安心して味わってください」

「え……えええー……」

「入会の儀式って奴だよ、寺ちゃん! 同じ釜の飯を喰った仲間、みたいなさ!」

「飯……というか、虫じゃないですか、これ!」


 腰が引けている。浮かべている笑みも強張りぎこちない。


 そうなのである。今、私の目の前の紙皿にちょこりと載せられているのは、どうやらカブトムシかクワガタみたいな奴の幼虫なのだった。それのこんがりと焼かれた一品なのである。


「寺崎さんご自身も言っていたでしょう。異世界に行けば、食べ物の選り好みはできないと。大丈夫。陸上自衛隊のサバイバル教本でもお薦めされている物ですからね。さあどうぞ」

「いや……いやいやいやいや! 無理――無理ですって!」


 結局、食べた。

 クリーミーな海老みたいな味で……美味しかった。何とも複雑な気分である。



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