第十二章 おっさん、天に向かって吼える
かきん!
小気味良い音が『会議室A』に響き渡り、その手応えに私は確信した。
「はい、そこまでです。勝者は――寺崎さん」
「――よっし!」
「くっそ……。腕、上げたじゃないの、寺ちゃん!」
「兄弟子の指導のおかげです。その恩返しの一撃、ってね」
「言われちゃったなあ」
この、と対戦相手の北島さんから肘鉄を喰らいながら、私は心を込めて頭を下げた。
かきん!
またもう一方で小気味良い音が『会議室A』に響き、敗者ががっくりと膝をつく。
「はい、そこまで! 勝者は加護野君です!」
「あ――ありがとうございました!」
「ふー。さすがに現役高校生、身体のキレが尋常じゃないよ。参ったな……」
「僕だって、ずっと駄目かもって思ってましたよ、林さん。攻守ともに凄く手強かったです」
「最後の奴を防がれるとは思ってなかったからね。こっちが驚かされたよ!」
スポーツマンらしく、がちり、と握手を交わし、林さんは汗を拭いながらこちらを見た。
「となると次は……」
「はい。兄弟子の寺崎さんとの一騎打ちです」
なんと。
もう何度目かになるトーナメント形式の試合で、初めて私と加護野君が決勝に残ったのだ。
これは……負ける訳にはいかない。
私は加護野君の兄弟子だ。だからこそ、彼の癖も良く知っている。
だが、それは加護野君の方も同じだろう。何度も何度も繰り返し、共に練習してきたからこそ、互いが互いの癖を知り尽くしている。これは楽しみだ。
「では……両者、開始線に立ってください」
水分補給を終え、龍ヶ峰さんの合図でゆっくり両者が歩み寄る。
リラックス、リラックスだ。
「決勝戦です。お互い悔いのないように。まずは握手を――」
ぎゅっ、と握り締め、どちらともなく、にやり、と口元を緩めた。
「勝たせてもらうよ、加護野君」
「僕も精一杯やらせてもらいます」
頃合いを見計らって、すっ、と龍ヶ峰さんの手が挙がった。
「始めっ!」
かきん!
かきん!
上段で木の剣が交差した。鍔迫り合いの力加減も拮抗している。
返す刀で空いている胴を右から薙ぎ払う。
かきん!
器用に剣を回し、それを受け流す。今度は向こうのターンだ。
かきん!
おっと、危ない!
もう一度上段が飛んできた。鋭い良い剣筋だ。
教えたことを忠実に実践してくれている嬉しさと、それを凌駕したい自分がいる。
どうだ!
おっと!
どうだ!
そうはいかない!
どうだ!
どうだ!
どうだっ!!
加護野君がわずかにバランスを崩したのを見逃さず、私は賭けに出た。
この下段斬りは、加護野君にさえ秘密にしてきた、対トーナメント用の秘策の一撃。
かきいん!
「はい、そこまでです」
確かな手応えが、じわり、と手の先から全身へと伝わっていく。
「勝者は――寺崎さん」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
その瞬間、私は腹の底から雄叫びに似た声を張り上げてしまっていた。
遂に――。
悲願を達成した私の目からは、自然と涙がぽろぽろと零れ落ちた。
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