第21話 ロベルトと対峙

「お待たせしました」


臙脂色のテキスタイルと金色の装飾で飾られた部屋にいたのは、


背の高いギリシャ彫刻のような男性だった。


後ろに撫でつけられた濃い金髪に、空のように蒼い瞳・・・


私は一瞬言葉を失っていた。


男性にも眉目秀麗って言葉を使うことがあるなら、ここには


まさしくそれにふさわしい男性がいる、と思った。


彼はぽかんと立っている私に、満面の笑顔で語りかけた。


「ああ、あなたがマミさん。お会いできてうれしいよ」


 私は頭の中が白紙になった。


マー君を愛し、愛されている人。


ルカをけしかけて、私をあきらめさせようとした人。


あのお屋敷で、あんなことやこんなことをしていた人・・・


それらの記憶が頭の中を駆け巡り、何を言っていいやら、


どんな態度をしていいのかわからない。


「マミ、マミ、大丈夫かよ」


ルカが耳元で囁いた。


「は、は、はじめまして」


やっとのことでそう言った。


ロベルトはうれしそうに笑い、私とルカに席を勧めた。


さっきの制服のウエイトレスがやってきて、銀のコーヒーセットを


象眼造りのテーブルの上に置いて去った。


「あ、あの・・・」


いやだ、私本当に何をしにここに来たんだろう。


コーヒーをカップに注ぎ、私とルカに渡すロベルトの造作は


優雅だった。その長くて白い指先にも見とれた。


この人を見ているだけで、うっとりする。


眼福とはこのことかしら。


美を何より愛するマー君が、この人から離れられないのは


わかるような気がした。


「マミさん、ルカから聞きましたよ。


色々失礼なことをし過ぎてしまったようで、申し訳ない」



はあ、失礼なこと・・・って、具体的には何かしら。あのこと?


顔がかっと赤くなった。


「あ、えっと・・・ お二人は本当に愛し合ってらっしゃる、って。


マー君もホテルに訪ねてきて、そう言いました」


「え? そうですか」


笑顔を作った彼の顔が一段と明るくなった。


ひょっとして、彼もマー君の本当の気持ちがわからなくて、


私のことを恐れていたのかもしれない、と思った。


「ええ、そうです。彼はロベルトさんのことが好きだから、


ローマに留まって勉強を続けたい、って言いました」


「ああ、そうなのか」


彼は口許に微笑みを湛えたままで、視線はどこか遠くにあった。


「あ、あの・・・ ロベルトさんは、マー君のことが本当に


好きなんですか」


今更ばかばかしい質問のようだが、どうしてもこれは聞かずにはいられなかった。


「つまりですね ・・・ 


彼が留学している間だけの一時的な恋愛じゃなくて、ずっと付き合っていけると


思いますか?」


金銭と引き換えに、マー君が若くて可愛い時だけをつまみ食いしようと


しているのだとしたら、私は納得できない。


もしそうなら、私はいつかマー君がロベルトに捨てられて、日本に帰国するのを待っていないとも限らない。


ロベルトはひと呼吸おいて、落ち着いた様子で言った。


「先のことは誰にもわからない。これは誰の恋愛にも言えることだろう。


でも、少なくとも今の私は、マサを愛していますよ」


ううむ ・・・ これが私の聞きたかった答えなのだろうか。


「そして、マサもそうであることを祈っていますがね」


上手く言葉が出てこない私を助けるように、ロベルトは続けた。


「もしこれが男女の仲なら、結婚を前提にしているとかあるんでしょうね。


イタリアでも何年か前、同性でも結婚に準ずるパートナーシップを結ぶ


ことができるようになった。私もいずれは誰かといわゆる結婚をするかも


しれない。でも、今はまだわからないのですよ」


それを聞いて固まっている私を見て、ルカが口を挟んだ。


「これは男女の恋愛でもそうなんだよ。正式に結婚せず、同棲のままで


何年もいるってカップルも多いのさ。子供がいてもね」


私はなぜか、体が震えて来た。怒っているのか、泣きたいのかわからない。


敢えて言えば、なんでこんな所にのこのこ来てしまったのかという、


自分に対する憤りのせいだった。


心はとっくに離れている男を追いかけて、こんな所までやって来て、


自分とは格差がありすぎる超絶美しい新しい恋人と対峙するなんて。


私、バカじゃないの。


唯一私が彼に勝てるところがあるとしたら、女であるということだけ


だけど、マー君は私より男を選んだんだ。



ロベルトはコーヒーを啜り、私を優しく見つめた。


「私たちが男女だったら、結婚とか子供を作るとか考えたのでしょうが・・・


でも、そういうことは私たちにはあまり大きな問題ではないと


思っているので。


日本ではまだ同性婚は認められていないし、いくつまでに結婚するとか、子供を作るとか、


周囲にうるさく言われると聞いています。


純粋に愛だけで一緒にいられるというわけではないですね」


「はあ・・・」


私はマー君を純粋に愛していなかったのだろうか。


結婚とか子供を作るために、彼を求めていたのだろうか。


違うと思うよ。もしそうなら、もっと相手を選んでいたよ。


一人で急に海外留学するような、万年学生を選ばなかったよ。


そう言いたかったが、ロベルトの青い瞳に包まれると何と


言葉が出ない。頭の中はパニックだった。


「ええ、それは違いますよぉ」


ルカがまた口を挟んだ。


(続く)

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