第17話 心に残るわだかまり

「でもな・・・ なんか腑に落ちないというか、割り切れない気がするのよね」


「へぇ?」


 ルカは上半身を上げた。



「確かに、ロベルトの作戦は見事に成功を収めた。日本からわざわざ訪ねて来たマー君のガールフレンドに、既成事実を見せつけて、自分から


退散するように仕向けたのよね。しかも、マー君の後釜にあなたを押し付けて」


「ちょっと待てよ。最後のは違うな。これはロベルトとは何も関係ない。俺の意思だからな」


そう言ってルカは、私の額に口づけた。




「うーん、でもね。・・・」


繊細なマー君の指とは違う、温かく自信に溢れたルカの愛撫を肩に感じながら、私は思った。


心の奥に、何かすっきりしないものがあるのはどうしてなんだろう。


もしロベルトがあんなイタリア人の大金持ち兼超絶美男じゃなくて、同年代の日本人の女の子だったら?


それで、彼女とマー君の睦ごとをあんな風に見せつけられたら ・・・。


私はベッドの上で拳を握った。


このまま黙って引き下がることはできないだろう。


たとえ今、マー君は彼女に夢中だと言っても、だ。



「ねえ、ルカ」

私は彼の手を押しのけて、その美しい眼を覗き込んだ。


「なんだよ」


「私ね、ロベルトと会えないかな。滞在は明日もう一日あるじゃない。


あなた、なんとかロベルトを呼び出して、私と会えるようにしてよ」


「うーん・・・ それ無駄なんじゃない?」


ルカは腕で目を覆った。


「だってさあ、二人は今、本当に愛し合っているみたいだよ。


そこに元彼女がノコノコ出て来て、何を言おうっていうの? よけい傷つくだけじゃないか」



その考え方も一理ある。


「でも、このままでは私、気がすまないのよ。


ロベルトさんに会って、マー君のこと本当に大事にしてくれる、ってことがわかったら、


私安心して日本に帰れるの」


ルカは、やれやれといった様子で私を見た。


「そうか・・・ ロベルトはもともとガチでゲイだけど、俺が見るところ、あの日本人の男も、かなりゲイ寄りだぞ。


どうがんばっても君の所には・・・ いや日本にも、もう帰って来ないかもしれない」


「それでもいいの。私、ただロベルトさんがどんな人が知りたいのよ」


 マー君は、私がロベルトに会ったと言った。


でも、実際のところ、マー君は知らないかもしれないが、私はロベルトに会ったのではない、


ロベルトを見ただけなのだ。


そんな小賢しい小さな嘘をつかれるのも、気に入らない。


絶対一度は彼に「会って」帰らなくては。



「しょうがないな」


ルカはまた私の額にキスをした。


「じゃ、なんとか連絡を取ってみるよ。明日時間を作ってくれないか、って」


「うれしい! ありがとう」


私はルカの首に腕を回して、抱き着いた。


その勢いに応えて、ルカは私をベッドに強く押し倒した。


「だめだめ、今夜は、これ以上だめよ。明日の約束を果たしてからにしてね」


 私はルカの体を押し返した。


「ちぇっ、なんだよ。・・・」


 ルカは、意外とあっさり引き下がった。

「わかったよ、じゃ俺は家に帰る。もう勤務時間は終わったからな。明日、朝食は地下の食堂で取ってくれよ。


ロベルトに電話して、昼までにはホテルにメッセージを入れるよ。


ただ、彼が会ってくれるかどうかは、今のところわからないけどね」


 そう言うとウインクして、部屋から出ていった。




 私は、ルカを部屋から追い出すことに、あっさり成功して気が抜けた。


豪華なルームサービスは、ちゃっかり部屋の中に残してもらった。


「このホテルのオーナーが奢ってくれる、って言ったんだから、いいんだよね」


ワイングラスに豊穣な深紅の液体を注ぎながら、考えた。


ルカの言うことの方が正しいのかもしれない。


でも、私ってやっぱり筋を通さなくては気がすまない、どこまでも気が強い女なんだ。


ロベルトさん、本当にマー君のことが好きなんですか。


ただ可愛いい貧乏学生だから、ローマにいる時だけ性的に利用しているだけなんじゃないですか。


そう本人に問い正したい。答えを本人の口から聞きたい。・・・


(続く)

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