第12話 マー君の秘密

ジーンズにスニーカー姿という軽装で、私がホテルの門を出ると、そこには赤いべスパに乗ったルカが待っていた。

彼のその姿はローマの街に溶け込んで、まるでコマーシャルのワンシーンのようにきまっている。

 こんな映画みたいなことあってもいいのかしら? 私はどきんとした。

「さあ、早く乗って!」

 ヘルメットを被ったルカに促されて、私は荷台に飛び乗った。彼のべスパはゴトゴト音を立てて走り出した。スピードは出ないのにスリル満点の運転なのは、遠慮なく路地から飛び出して来る他の車や人や、スピードを上げてすれすれに追い越してくるバスやトラックのせいだろう。

「こんな旅先で、交通事故なんてごめんよ」

私は身震いしながら、渡されたヘルメットの中でつぶやいた。

危ない、危ないと思いながらも、ルカのべスパは障害物をひらりとかわして、軽々と走っていく。それはまるで子供の頃、遊園地で体験した小さなジェットコースターに似ていた。私がどんなに怖がっても、実際にぶつかったりはしないのね・・・ それがわかると、周囲の景色を見る余裕も出て来た。ジャニコロの丘の上から市全体の景観を望むと、感動がこみあげた。

 ローマ ・・・ 古代の都、現代に生きる人々。数千年の文化が凝縮されている町。遠くに見える水色のドーム。せっかくここまで来たんだから、訪ねてみたい。でも、訪ねるなら、マー君と一緒だったはずよ・・・。


「さあ、ここだよ」

 ルカは高い塀に囲まれた裏口らしきところに入っていった。塀の中は木々が茂っていて、かなり広い屋敷だということがわかる。

裏口は台所に繋がっていて、ルカが口笛を吹くと、エプロンをつけた初老の女性が走り出て来た。小柄な彼女を抱きしめて頬にキスをすると、私のことを友人だと紹介した。ルカの幼馴染の母親という家政婦は、にこにこ挨拶した。私がどうしてここに来たのか、まったく疑問など感じていない様子だった。

ルカはイタリア語で、彼女に何か手早く言い、私に二階への非常階段へ上がるよう、手招きした。

「おばさんには、二階の窓を直す傍ら、君にいい景色を見せたいと言っておいた。さあ、上がろう」

建物に外付けされた鉄製の非常階段は狭く、丘の上に立つ屋敷は意外に高い建物で、高所恐怖症の私は足が震えた。確かに見晴らしはいいけれど、こんな冒険するために、私はここに来たのかしら。


 「ここから先は、声を出してはだめだよ」

ルカが開けた非常階段のてっぺんにある二階のドアは、物置部屋に続いていた。カーテンで仕切られたそのすぐ隣がロベルトの寝室だった。寝室はかなり広いらしく、奥にはローマ市街が見渡せる広いテラスも見えた。私は分厚いカーテン越しに、彼の寝室の様子を覗くことができた。

中にある重厚な家具は、どれも歴史がありそうね ・・・ とちらりと見た瞬間、私は息が止まりそうになった。

そこには、間違いなく、昨夜まで私と一緒にいたマー君がいた。


マー君は猫足のソファに腰かけ、私に横顔を見せていた。

何か美術本でも見ているのだろう、リラックスした様子で、下を向いている。それは私のよく知っている純真なマー君のようでもあるし、私のまったく知らない大人びた顔つきのマー君でもあった。


私からほんの3メートルほど先に、マー君がいる。

なのに、彼は私に全然気づいていない。私は声をかけることもできない。

この奇妙な状況。


呆然と彼を眺めていた私の視界を、白いバスローブが遮った。

そのバスローブがマー君の向かいに立ったとき、私からその姿がはっきりと見えた。


なんなの、この男・・・

背が高く、がっしりした肩、ブロンドの短い髪は軽くカールしていて、彫りの深い横顔。彼の美しさは、まるで古いハリウッド映画に出てくるスターみたい・・・ああ、そんな陳腐な形容しか出てこないのはどうして。


マー君の前で、男はバスローブを脱いだ。その裸の姿はギリシャ彫刻のように均整がとれている。そして、その下には ・・・ 何もつけていない。


声を上げそうになった私の口を、ルカが手で塞いだ。


マー君はその男を見上げて微笑んだ。その笑顔は私が知っているあのマー君の愛くるしい笑顔だった。

男はマー君の傍に座り、彼の耳に口づけた。その手がマー君の手から本を取り上げ、代わりに自分の手をその体に押し当てた。マー君は目を閉じ、彼の愛撫を全身に受けた。二人がお互いをまさぐりあう手が激しくなり、そのうち広いベッドの中に倒れこんだ。


な、なになの、これは・・・。

キングサイズの白いベッドの上で、二人は絡み合っていた。白い肌の男と、それよりすこし色合いが暗いマー君の足。男はマー君のシャツを乱暴に脱がし、二人は唇を合わせ、お互いを激しくむさぼりあった。


あんな情熱的なマー君の姿、私は見たことなかった。


それにしてもあの男すごいわ、大柄で引き締まった筋肉に惚れ惚れする。

盛り上がった胸肉にちりばめられた金色の体毛。

彼はマー君から体を離したあと、自分のモノを上下にしごき始めた。それが、正直私が見たこともない長さで、また声を上げそうになった。


(続く)

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