第3話 眺めのいい部屋

「ウェルカム」

 フロントで、英語で出迎えてくれたのは、私と同年代ぐらいの、口髭を生やした男だった。長い睫毛に鳶色の目をして、ウェーブがかかった黒い髪をオールバックに梳かし整えている。身につけているものは、恐らく高価なものではないだろうが、ラフさと伊達が微妙なバランスを保っているのが見えた。イタリアファッションが日本でもてはやされるのは、普通の人々が普段からこんなにさりげなくかっこいいからだ、ということが、にも納得できた。

 私もできるだけの笑顔を返し、ホテルのバウチャーを渡した。

「三泊だね。日本から一人で来たの?」

 彼は唇に人懐こい微笑みを浮かべた。形のいい唇に思わず釘付けになった。日本での経験から、口髭なんて生やしている男は気持ち悪いキザ男と決め付けていたが、こんな唇の人になら似合うんだ・・・ と新発見をした気分だった。

「ええ、眺めのいい部屋をお願いね」

「そうだな ・・・ ちょうど最上階の部屋が開いていますよ。残念ながら、スイートルームではないけれど、かなり広い部屋ですよ」

 私が払った金額なら、それで上々だろう。彼は気さくで話しやすい人のようだ。キーを受け取り、とても狭いエレベーターに乗った。こんなエレベーターなど、四人も乗れば一杯になるだろう。この街の建物はほとんどが、古いものをそのまま改築して、今も使っているようだ。東京とはえらい違いだけれど、こういうところが魅力なんだろうな、特にマー君みたいな人には・・・。


 一番クラスの低い部屋を予約したはずなのに、ドアを開けてみると、言われた通り、とても広いのに驚いた。壁は濃い緑色、そして窓は重厚なサテンのカーテンで何重にも縁取られている。クラシックな花柄のカバーがついた、ダブルベッドが、中央にどんと置いてある。 特別豪華でも新しくもないが、イタリア映画で見たような雰囲気そのままだ。

窓を開けると、ローマ市内が一望できた。古く茶色い建物 ・・・ ここ数十年の内に建てられた高層ビルはどこかにあるのかしら? 全ての建物が埃をかぶったように靄がかかって見える。

「すごいわ。やっぱりここまで来た甲斐があった」

 私はこの部屋の異国情緒に、至極満足だった。



・・・・・



 あの日の合コンでは、文子の計らいで席替えが行われ、私はマー君の隣に座ることができた。自己紹介して彼のエメラルド色がかった大きな瞳をじっと見つめると、彼は意外にも目をそらさず、私を見つめ返してきた。むしろ私の方がどきまぎして、思わず視線をそらしてしまった。

 そんな私の小さな無礼もまるで面白いことのように、彼は口許に子供のような微笑みを浮かべ、私の顔を覗き込んだ。


 むむ・・・ なかなかやるな・・・


 その瞬間、私は恋に落ちた。


(続く)

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