第6話 一線は越えたけれど

それを合図に、私たちはもう一度重なり合った。

私が上になり、彼の肌に唇を這わせた。耳元から、首筋、肩 ・・・ 彼の息づかいが荒くなる。胸からはその鼓動が伝わってくる。

私は彼の腰に腕をまわし、その下半身に舌を這わせた。彼の身体は固くなり、私の頭をぐっと押さえた。


「ああ・・・」

 満足のあまり、つい声が漏れてしまう。


彼の肌は私より白く、毛色は薄かった。想像した通り、少年の裸像を絵に描いたような彼の身体だった。しかし、その中心が大きく固くなっているのを見止めた私は、心が躍った。

やっぱり、彼もOKなんだ。ここの形もすらりとしてきれいで、マー君によく似合っている。


 私は彼から何らかのアプローチがあることを期待した。

しかし彼は顔を右の二の腕で隠したまま、じっと横たわっている。


私は内心がっかりした。ここまで私のすることを許したなら、もっと自分からも何かしてくれればいいのに。彼から外見に似合わぬ積極性を見せてくれたらますます萌えるところだったのに。私は多少落胆を禁じえなかった。その気配を察したのか、彼は左手で自分の一物を撫でてこすり上げ、ますます大きく固く形作っていった。

「まあ・・・」

私が感嘆の声を上げると、彼は上半身を起こし、私を強く抱きしめた。



「真美さん ・・・」

私は目を閉じ、彼にされるがままになった。彼の固くなった一物は私の湿った部分をかなり迷いながらも探り当て、私はそれに答えるように腰を浮かして足を広げた。

「うっ」

彼は苦しそうな声を上げた。

私は彼の腰に腕を回してその動きを支え、内側からもしっかりと彼を受け止めた。二人は大きな波に揺られていた。なんと静かで平和な時間なのだろう。激しさや荒々しさなどどこにもない性交。こんなのは初めてだ。暖かくて、安心感があって ・・・


しばらくそうして揺られているうちに、二人はまどろみの中へ落ちていった。

はっと気づくと、時計は三時を回っていた。


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「また会ってくれる?」

閑散とした駅で始発の列車を待ちながら、私はマー君に恐る恐るたずねた。

マー君は初めて会ったときと同じ、好奇心に溢れたような輝いた目で、

「うん」

と微笑んだ。

私たちはお互いの手を握り締めた。


「きゃー、やっちゃったんだあ」

 文子には黙っておけまい。彼女にデートの顛末を報告すると、仕事どころではなくなった。まるで自分のことのように盛り上がってしまっている文子を見ると、この根っから肉食獣の私も本当にすごいことをしてしまったみたいで、まるで照れてしまう。

「じゃあ、お祝いに今日はランチを奢るわね! いやあ、マー君もやるときはやるもんだね!」

 大学時代、彼のことをすっかり気に入ってしまった女子学生はけっこういたけれど、特定の彼女はいなかったし、誰と何をしたという話も全く聞かなかったのだそうだ。

「ひどい時には、彼はゲイじゃないかとまで噂されていたのよ。だけど、実は本物の女性に巡り合っていなかっただけだったのね。ああ、先輩として安心したわ」

「そうなの」

 あのマー君が、そんなに私のことを好きになってくれたの? 今まで誰にもなびかなかったというのに ・・・ 私は自分が特別な女性だと思ったことは一度もない。器量だって十人並みだと思うし、平均より背は高いけれど、グラマーでもなければセクシーでもない。

「男の好みなんて色々なのよ。清楚系が好きな人もいれば、ぽっちゃり系が好きな人もいる。街ですれ違うカップルをご覧、イケメンが連れているのは、決して痩せた美女ばかりではないわ」

 私たちにボーイフレンドが見つからないのは、ただ仕事が忙しいせいだと、いつも決め付けている文子が、堂々と自分の意見を主張すると、傍で聞いていた経理課長が口を挟んだ。

「そりゃ違いまっせ」

 私たちははっとして、彼の方を向き直った。

「仕事が忙しくても、都会は24時間動いている。あんたたち、毎日24時間働いているんでっか? それに今はインターネットもあるから、探そうと思えばいつでも探すことができる。時間は言い訳になりまへん」

 何か言いたげな文子を制して、課長は続けた。

「私が思う、あんたたちが売れ残る最大の理由 ・・・ それは、いつまでも遊びの恋をしているからです」

 はあ? という顔になった私たちに、課長はどや顔で応戦した。

「ちょっと可愛い子がいたらすぐにつまみ食いして。その男、結婚できるような相手なんか考えてみなはれ」

 ・・・ 確かに。マー君はまだ大学院生、就職など遠い先の話だ。


課長の言い分もわかるけど、どうしてこの年になったらすぐに結婚と結びつけて考えられてしまうのだ、という不満もある。好きだから一緒にいたいというだけではだめなのか。

「いやっ、課長って保守的なんだわ。さすがもうすぐ定年の古狸よ。わたしたちは男性と付き合うイコール結婚とは考えていないんですよ」

と文子が言うと、課長は老眼鏡をこすり上げてにやりと笑った。

「ほう、そうでっか。でも、時間が経つのは早いこと忘れんといてな。あんたらもすぐに定年よ」


(続く)

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