第15話 マー君の告白
「マー君!」
振り向いた私を彼はまじめな顔で見ていた。その顔はいつもの優し気な彼ではなく、大人びた、今まで見たこともない彼だった。
「やめて」
私はとっさにホテルの玄関へ走り出した。
どう反応していいかわからず、ただ今は彼に会うのが怖かった。
庭から外門へ通じる道で、彼は私に追いついた。
そして私の肩を抱きしめて
「真美さん、すみません」
と言った。
私たちはしばらく無言だった。
「何がすみません、なの?」
私は恐る恐る尋ねた。心の中に出した答えは、マー君が今くれる答えと同じなのだろうか。
その体の震えと鼓動が伝わってくる。
「僕は好きなんです、あの人が。今まで何も言わなくてごめん」
決定的証拠を目の当たりにした後とはいえ、本人の口からはっきりと言葉で聞くのは、身が切られるように辛かった。
私は何も言えず立ちすくんでいた。
あたりはすっかり暗くなり、暖かい夜風と、花の香だけが私の頬をくすぐる。
「真美さん、ロベルトに会ったんですってね」
え、えっと、会ったというか ・・・
どう説明すればいいんだろう。まず頭に浮かんだのは、ルカや家政婦のおばさんのことだった。
本当のことをしゃべってしまえば、
彼らに迷惑がかかるのではないか。
それにマー君、なんで私がロベルトを見たことを知っているの?
ここのホテルを、僕に薦めたのはロベルトだったんだ。安くていいホテルだからって、僕は何も考えずに真美さんにも薦めたけど ・・・ でも本当は、彼が真美さんに会うためだったんだね。ここのホテルマンと知り合いだから、手引きをしてもらったって。
ははあ・・・ そういうことだったのか。
ルカは最初から、私に近づくつもりだったんだ。ロベルトの命令で ・・・ それにしても、いきなりあんなシーンを見せることはないじゃない?! 正直すごいショックだったわ。
「あの人も、あなたのことが好きなの?」
マー君は何も言わず、私を強く抱きしめた。
そうよね ・・・ 彼は大金持ちな上に、アドニスみたいな美男なんだもん。彼こそ生きた美術品。美を何より愛するマー君が、好きになるのも無理ない。それにルカを巻き込んであんな芝居を打たせたのは、ロベルトもマー君を私に渡したくないからに違いない。
「・・・ わかった。幸せになってね」
私はようやくそう言うと、マー君の腕を解いた。彼は涙ぐんでいた。
もうっ、ほんとに純真なんだから。
「でも日本に帰ってくることがあったら、必ず連絡してね」
彼の頬を両手で覆い、でもキスすることなく、私は踵を返した。
「さよなら!」
そう叫んで、私はホテルの中へと走った。
自分の部屋に入ってカギをかけ、ベッドに横になった。
マー君はもうここには来ないだろうな ・・・・ あれが私の別れの挨拶なの。
正直がっかりはしているけれど、これでよかったんだという気はしている。彼が自分にぴったりの相手を見つけられて ・・・ あらやだ、なんだか母親みたいな気持ちになってる?
文子にメールでもしようかしら。彼女も驚くだろうけど、意外な気はしないんじゃないかな。
そう思いながらテレビを付け、何を言っているかわからない番組を見ているとお腹が空いてきた。
外に出るのも面倒だし、ルームサービスを頼もうか ・・・
と、そのとたん。
部屋のベルが鳴った。
誰? ひょっとして、マー君が帰って来たの?
私は立ち上がり着衣を整えた。どんな顔をしてドアを開けるべきかしら・・・。
泣いてないわよね、化粧は剥げているけど。
なるべく落ち着き払い、口元には軽く笑顔さえ浮かべて、私はそっとドアを開いた。
「ルームサービスですよ」
そこにいたのはルカで、ワインや果物が盛られたワゴンがあった。
「何も頼んでないわよ」
私は怒って背を向けたが、ルカはくすくす笑いながら、ワゴンを部屋に押し入れた。
「全部聞いたかい、ごめんよ」
「あなたまで謝るの?
もう男のごめんは聞き飽きたわ」
そう言ってベッドにごろりと横になると、ルカはワインのグラスを私に突き出した。
(続く)
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