第16話 ルカのウィンク

「これはおごりだから、心配するなよ」


その照れくさそうな笑顔を見ているとなんだか憎めない。


私がグラスを受け取ると、彼は見るからに高そうな、金色のラベルが付いた赤ワインを注いだ。


「いいの、そんなの? まさか勘定はすべてロベルトに付けるなんて言わないでね」


嫌味のつもりで言ったのに、ルカはウインクした。


「なんでわかるんだよ。でも彼がいいって言ったんだ。実はこのホテルも彼の所有だから」


なーんだ、そういうことか・・・。男たちが最初っから私を担ぐつもりだったんだ。


これも文子に報告しなきゃ。ローマで男に騙されました、って。いい土産話になるかしら。



ルカは自分のグラスにもワインを注ぎ、私に無理やり乾杯させた。


「そう怒るなよ。ロベルトってほんといい奴だよ。あの男のことが本当に好きなんだ。でも日本から君が来るって聞いて、どんな形で自分たちのことを告白しようかと悩んだ末に」


「へえ、悩んだ末に ・・・ ああいう刺激的なシーンをいきなり見せてくれたのね」


マー君と私のことはともかく、あの二人の絡みは美しかった。


目を閉じると、あの時の姿が浮かんでくる。


彼をとられたのが他の女になら、こんなに平静ではいられないだろうな。



ルカも私の傍らにするりと横になった。


「ちょっと、何するの」


その言葉も聞かず、彼は私の手をとり、耳元に口づけた。


「あなたのボスは、そんなサービスもして来いって言ったのね」


「ハハハ、そんなこと言われてないよ。これは俺が自分で考えたこと」


図々しくも、彼は私の上に体を重ね、まっすぐに私の顔を見下ろした。


この人、すごくきれいな眼をしている。茶色の中に緑が広がって、なんだかローマの夜空みたい。・・・ そんなこと思う私って、もう酔っているのかしら。


「マミ ・・・ もうあの男のことは忘れろよな」


彼の顔が迫ってくる。私は目を閉じた。


「もういいのよ、マー君のことは。私は彼に幸せになってほしいだけ」


それは本心だった。


こんなにも簡単に彼のことを思いきることができた、自分の心の冷静さが不思議でもあった。



「これから新しい恋をするんだ」


唇が暖かくなった。


そういえばこの人は、とてもいい形の唇をしていた。


私に重なっているのは、あの唇かしら。


そっと、その唇の中に舌を入れてみた。すると向こうからもそれに自分の舌を絡めてきた。


なんて甘いんだろう。


今まで味わったことがない、とろけるように甘美。


彼の唇は私の頬から耳へ、そして首筋へと動き、同時に私のシャツの中に手を入れ、胸から脇腹を撫でた。


「だめよ」


その手を制すると、彼はもう一度私の唇をふさいだ。


「何も言うなよ。


本能に身を任せるんだ」


 そんなこと言われても ・・・ 


彼に抱かれた気分は心地いいが、なんだかロベルトに、してやられたような気がしないでもない。


頭の中に渦巻く私の思いを見抜いたかのように、ルカが耳元で囁く。



 「ロベルトは君が思っているような悪い人間じゃないよ。


あいつのこと、真剣に愛しているってことを、君にわかってもらいたかったんだ。


同時に、君のボーイフレンドであるあの男の、君に対する優柔不断な優しさもよくわかっていたから ・・・ こんな計画を立てたんだね。


でも、そこには一つ誤算があった」


「え、それって何?」


 私は二人の男が愛し合う姿を見てすべてを悟り、マー君を諦め、彼に譲ることにした。


 ロベルトの計画は思い通りに行ったと思ったけど?



「それはね」


彼は私の体からシャツを一気に剥ぎ取り、自分も裸になった。


「僕が君のことを、すっかり好きになってしまったってことだよ!」


「きゃっ、やだ。何をするの」


正気に戻って私は飛び上がった。


その肩をベッドに押し戻して、ルカはあの形のいい唇を私に押し当ててきた。

「ゲイを好きになる女なんて、相手は男なら誰でもいいと思っているんでしょう。私が軽い女だと思っていたら大間違いよ。」


「そんなこと思ってないよ!


俺がロベルトに言いつけられた仕事はもう完了したよ。これからは自分の本心だけで行動するのさ。」


ルカは私の首筋にあの甘い吐息を吹きかけた。


私は体が痺れてしまい、抵抗できない。


「リラックスしろよ。これも運命だよ。ここで俺たちが出会うのは、ずっと昔から決まっていたことなんだ・・・」


最初の日、コロッセオの近くでルカが私に買ってくれた赤いバラが、小さなテーブルの上にまだ艶やかに咲いていた。



(続く)

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